頭の中に、緑色の目が浮かんでいる
デメニギス(*Macropinna microstoma*)の姿を正面から見ると、不思議なことに「目」がどこにあるのか分かりにくい。
口のすぐ上には、目のように見える黒い点が二つある。しかし、これは目ではなく、においを感じるための器官である鼻孔だ。本当の目はそのさらに後方、透明な頭部の内側にある。二つの緑色の球体のように見える部分が、デメニギスの眼球である。
しかも、その目は一般的な魚のような形ではない。前後に長い筒のような「管状眼」で、基本的には上を向いている。
なぜ魚が、目を頭の内側に収め、しかも上空を見るような構造をもつのだろうか。
その答えを考えるには、デメニギスが暮らす世界を想像する必要がある。
デメニギスが見ているのは「上」の世界
デメニギスは北太平洋に分布する深海魚で、MBARI(モントレー湾水族館研究所)が中央カリフォルニア沖で行った観察では、水深約600~800メートルの中層で確認されている。体長は最大でも15センチメートルほどとされる。
この深さでは、海面から届く太陽光は非常に弱い。
しかし、「完全な暗闇」と考えるとデメニギスの目の意味を見失ってしまう。このような中層では、上方からごくわずかな光が残っていることがある。そのため深海の動物にとって、上を見ることには大きな意味がある。
頭上を泳ぐ動物は、かすかな海面方向の光を背景にすると影として浮かび上がる可能性がある。
デメニギスの管状眼は、弱い光を集めることに適した構造だと考えられている。広い範囲を何となく見るというより、限られた方向から来る光を高感度で捉える。その目を上へ向けることで、頭上を通過する小動物などを探していると考えられる。
つまり奇妙に見える目の向きは、深海ではむしろ合理的なのである。
「上しか見えない目」という長年の謎
ただし、ここには大きな問題があった。
管状眼は光を集めやすい一方、視野が狭い。しかもデメニギスの目は長いあいだ、上向きに固定されていると考えられていた。
もし本当に上しか見えないのであれば、頭上の獲物を発見することはできても、それを口に入れる瞬間には獲物が視界から外れてしまう。
「見つけることはできるのに、食べるところを見ることができない」。
デメニギスの目には、そんな矛盾があるように思われていた。
この問題に大きな手掛かりを与えたのが、深海を直接観察する無人探査機だった。
MBARIの研究者ブルース・ロビソンとキム・ライゼンビクラーは、遠隔操作無人探査機(ROV)で生きたデメニギスを観察し、さらに生きた個体を船上の水槽で調べた。その結果、管状眼は固定されているのではなく、頭部の内部で回転できることが確認された。研究成果は2008年に報告されている。
普段は上を向いている目を、必要に応じて前方へ向けられるのである。
上を探し、前を見て食べる
観察されたデメニギスは、中層でほとんど動かずに漂うような姿勢をとることがあった。大きく平たいひれを使い、細かな姿勢制御をしながら水中にとどまる。
このとき眼球は上方を向いている。
頭上に食べられそうなものを見つけると、魚は体の向きを変えながら、眼球を前方へ回転させることができる。つまり、「探索」と「捕食」で目の方向を切り替えられる。
これはデメニギスの姿を理解するうえで重要な発見だった。
上向きの目だけを標本で見れば、不自由な構造にも見える。しかし生きた個体を見ると、管状眼と透明な頭部は一つの可動する視覚システムとして働いていた。
深海生物では、採集された標本だけでは生きているときの姿や機能を理解できないことがある。デメニギスは、その代表的な例でもある。
では、なぜ頭が透明なのか
ここで最初の疑問に戻る。
眼球を動かせるとしても、なぜその上を覆う部分まで透明なのだろうか。
デメニギスの頭頂部は、硬い透明な頭蓋骨がむき出しになっているわけではない。眼球の周囲を、透明で液体に満たされたシールド状の組織が覆っている。網で採集された古い標本では、この非常に壊れやすい部分が失われていた可能性があり、生きたデメニギスの特徴が長く十分に知られなかった。
少なくとも透明であることには、視覚上の明らかな利点がある。
上を向いた眼球の前を不透明な組織が覆ってしまえば、光を見ることができない。透明なシールドなら、眼球を体内に収めたまま外からの光を受け取れる。
ただし、「透明な頭はこの一つの目的だけのために進化した」とまでは断定できない。
さらに別の役割も考えられている。
クラゲの刺胞から目を守っているのか
デメニギスの食生活には、まだ分からないことが多い。
調査された個体の胃からクラゲ類の断片が見つかったことがあり、研究者はクラゲ類や小型の浮遊動物を利用していると考えている。また、深海に生息するクダクラゲ類の触手に捕らえられた小動物を、デメニギスが横取りして食べる可能性も提案されている。
クダクラゲの仲間には、多数の刺胞を備えた長い触手をもつものがいる。
もしデメニギスがその触手の近くまで接近して餌を取るのであれば、むき出しの眼球は傷つきやすい。そのため、透明なシールドが刺胞から眼球を保護している可能性が研究者によって示されている。
これは非常に魅力的な説明だが、注意が必要である。
デメニギスが野外で頻繁にクダクラゲから餌を奪うことや、透明なシールドの主目的が刺胞対策であることまで直接確認されたわけではない。研究上の作業仮説として考えられている段階であり、「透明な頭はクラゲの毒から目を守るため」と言い切るのは行き過ぎになる。
緑色の目にも意味があるのか
デメニギスの眼球が鮮やかな緑色に見えることにも、研究者は注目している。
一つの仮説では、この色素が海面方向から降り注ぐ光の一部を取り除くフィルターとして働き、その中で生物発光などの光を見つけやすくしている可能性が考えられている。
深海では、生物自身が光を出す生物発光は珍しくない。
もし背景となる弱い太陽光と、生物が発する光を視覚的に区別できるなら、獲物や周囲の生物を発見するうえで有利になる可能性がある。
ただし、これも機能のすべてが実証されているわけではない。深海魚の視覚は実験すること自体が難しく、デメニギスが実際にどの波長をどの程度識別し、自然状態で何を見ているのかには未解明な部分が残っている。
深海では「普通の魚の顔」である必要がない
私たちは魚を見るとき、左右に目があり、その下に口がある顔を無意識に想像する。
デメニギスはその常識から大きく外れている。
だが、深海では前方を広く見渡すことが最良とは限らない。
光がほとんどなく、餌に出会う機会も限られた世界では、頭上を通るわずかな影や光を捉える能力が重要になることがある。そのために視野を絞って感度を高め、目を上へ向ける。そして獲物へ接近するときには眼球そのものを前へ回転させる。
その眼球を覆う部分は透明で、しかも外界から隔てられている。
一見すると奇抜な特徴が寄せ集まっているように見えるが、暮らしている環境から眺め直すと、それぞれが互いにつながってくる。
透明な頭が教えてくれた、深海観察の難しさ
デメニギスが科学的に知られるようになったのは20世紀前半だが、透明なシールドや動く眼球の機能が詳しく理解されるまでには長い時間が必要だった。
理由の一つは、生物そのものの壊れやすさである。
深海魚を網で海面まで引き上げると、柔らかい組織が損傷することがある。デメニギスの透明なシールドもそのような構造で、生きた状態でなければ本来の姿を捉えにくかった。ROVによって自然に近い状態の行動を観察できるようになったことで、「固定された上向きの目」という従来の理解は大きく修正された。
それでも、謎がすべて解けたわけではない。
自然状態で何を主に食べているのか。クダクラゲとどの程度関係しているのか。透明なシールドには眼球保護以外の機能もあるのか。緑色の眼球は実際の視覚にどのような効果をもつのか。
確認された事実の周囲には、まだ多くの仮説が残っている。
だからこそデメニギスは興味深い。
その透明な頭は、単に「変わった姿」を見せるためにあるのではない。わずかな光を頼りに生きる深海で、上を探し、獲物を追い、繊細な目を守る。その生活を読み解こうとしたとき、初めて奇妙に見えた形に意味が浮かび上がってくるのである。