深海生物図鑑

海底ケーブルは深海環境とどう関わるのか

海面から何千メートルも下った暗い海底に、細長い人工物が大陸から大陸へ延びている。海底ケーブルである。深海というと人間活動から隔絶された世界を想像しやすいが、実際にはインターネット通信を支えるケーブルや、海を越えて電力を運ぶケーブルが海底を通っている。

では、その存在は深海の生物や海底環境にどのような影響を与えているのだろうか。答えは単純な「影響がある」「ほとんどない」のどちらでもない。敷設工事、運用、故障修理、撤去という段階によって作用が異なり、通信ケーブルと電力ケーブルでも事情が違う。さらに、深海では長期間の観察例そのものが限られている。

海底ケーブルは、深海に入り込んだ人工物であると同時に、これまで観測の難しかった海底を知るためのインフラにもなりつつある。

深海にも「人間の線」が伸びている

海底ケーブルには、大きく分けて通信を担う海底通信ケーブルと、電力を送る海底電力ケーブルがある。

海底通信ケーブルの中心には光ファイバーがあり、国際的なデータ通信の重要な基盤となっている。外洋を横断するケーブルは大陸斜面を越え、数千メートルの深海底を通ることも珍しくない。

敷設方法は水深や海底環境によって異なる。船の錨や底引き漁具などとの接触が問題になりやすい浅海では、海底下に埋設して保護することがある。一方、こうした人間活動が少ない深海では、海底面にケーブルを置く方式が一般的である。2025年にUNEP-WCMCが公表した海底通信ケーブルと生物多様性に関するレビューでも、水深1,500メートルを超える深海ではケーブルが海底面に敷設されることが多いと整理されている。

つまり深海では、泥や砂、岩盤の上を人工的な一本の構造物が長距離にわたって通過している場所が存在する。

しかし「長いケーブルがある」ことと「広大な深海底が大規模に改変されている」ことは同じではない。UNEP-WCMCの同レビューでは、世界の海底のうち海底ケーブルから10メートル以内に位置する範囲は0.01%未満と推定されている。これは全球的な面積だけを見れば、現在のケーブルの直接的な空間占有が小さいことを示す。

ただし、全球平均が小さいからといって、特定の生息地で局所的な影響が存在しないとは限らない。

最も分かりやすい影響は敷設時の海底攪乱

海底ケーブルによる環境作用のうち、比較的理解しやすいのは敷設そのものによる物理的な攪乱である。

ケーブルを海底に置いたり埋めたりすると、海底表面の堆積物が動く場合がある。埋設する場所では海底を掘削するため、底生生物の生息場所が直接変化することもある。海底電力ケーブルに関する研究レビューでは、敷設時の海底攪乱、濁り、騒音などが潜在的な環境圧力として挙げられている。

深海底には、泥の中やその表面で生活する多くの底生生物がいる。多毛類、甲殻類、棘皮動物などのほか、肉眼ではほとんど見えない小型生物や微生物も海底堆積物を利用している。そのため、海底表層が動けば、少なくとも施工範囲では生息環境が変化する可能性がある。

ただし、影響の大きさは場所によって大きく異なる。柔らかい堆積物の海底と岩礁では事情が違い、潮流、堆積速度、生物群集、敷設方法も同じではない。

特に注意が必要なのは、「ケーブル敷設によって海底が攪乱される」という事実から、「深海生態系に広範囲で重大な被害が生じる」とまでは自動的に結論できないことである。現在の知見では、多くの影響はケーブル周辺という比較的狭い範囲で評価されている。

ケーブルそのものが新しい足場になることもある

深海の広い範囲は泥や砂などの柔らかい堆積物に覆われている。そこにケーブルのような硬い物体が置かれると、それまで存在しなかった硬質基盤が生まれる。

その表面には微生物膜が形成され、条件によっては付着性の生物が利用する可能性がある。つまり人工物は、生息場所を壊すだけでなく、逆に新しい微小な生息場所をつくる場合もある。

これは「環境に良い」という意味ではない。

もともと柔らかい海底だった場所に硬い構造物を置けば、その地点の環境条件そのものが変わる。そこに生物が付着したとしても、元の生態系がそのまま維持されたとはいえない。また、ケーブル上の生物群集が周囲の自然な岩場と同じものになるのか、時間とともにどのように変化するのかについては、場所によって観察結果が異なる可能性がある。

深海では数十年規模の連続観察が容易ではないため、人工的な硬質基盤が長期的に生態系へ与える意味には、まだ不明な部分が多い。

「電磁場」の問題は通信ケーブルと電力ケーブルを分けて考える

海底ケーブルの環境影響を調べると、「電磁場」という言葉がよく登場する。しかし、ここではケーブルの種類を区別する必要がある。

大量の電力を送る海底電力ケーブルでは、通電に伴って電磁場が発生する。そのため、電場や磁場を感知できる魚類などへの影響が研究対象となっている。

サメやエイなどの軟骨魚類は微弱な電気刺激を検知する感覚を持っている。また、磁場を利用している可能性のある海洋生物もいる。このため海底電力ケーブル周辺の電磁場が行動、移動、採餌などに影響する可能性が検討されてきた。

しかし研究結果は単純ではない。2024年の研究でも、海底電力ケーブルの電磁場によるリスクには大きな不確実性があり、生物種や生活史の段階によって感受性が異なるとされている。

「海底ケーブルの電磁場が深海生物を混乱させている」と一般化するのは適切ではない。

さらに、通信ケーブルと大容量の送電を目的とする電力ケーブルでは電気的な構造も異なる。したがって、電力ケーブルについて得られた知見を、そのまま全ての海底通信ケーブルに当てはめることもできない。

熱の影響も場所によって違う

電力ケーブルでは、電流が流れることによって熱が発生し、周囲の堆積物の温度が変化する可能性も研究されている。

深海の多くは低温で、温度変化の小さい環境である。そこに局所的な温度変化が生じれば、堆積物中の生物や微生物活動へ何らかの影響を与える可能性は考えられる。

ただし実際の温度上昇は、送電量、ケーブル設計、埋設深度、堆積物の熱伝導性などによって変化する。したがって、「海底ケーブルが周囲を暖める」という説明だけでは不十分である。

通信ケーブルと電力ケーブルを一括して、深海に大規模な温暖化域をつくるかのように考える根拠もない。

故障と修理も海底への介入になる

海底ケーブルは一度置けば永久に触れられない設備ではない。故障すれば位置を特定し、ケーブルを回収して修理する場合がある。

この過程では海底からケーブルを持ち上げたり、再び設置したりするため、局所的な攪乱が生じうる。古いケーブルを撤去する場合にも同様の問題がある。

一方で、撤去すれば必ず環境負荷が小さくなるとも限らない。長期間海底に存在していたケーブルの表面に生物が定着していれば、それを引き上げることで形成された生息環境を再び変えることになる。

残置と撤去のどちらが環境上望ましいかは、ケーブルの状態、生息環境、回収作業による攪乱などを含めて判断する必要があり、一律には決められない。

ケーブルは深海を「観測する線」にもなりうる

海底ケーブルと深海科学の関係で興味深いのは、ケーブルが単なる通信設備ではなく、観測装置の基盤として利用できる点である。

深海観測の大きな問題は、電力供給とデータ通信である。観測機器を海底へ置いても、電池だけでは運用時間に限界があり、大量の観測データをリアルタイムで陸上へ送ることも難しい。

そこで、通信ケーブルの中継器などに環境センサーを組み込む「SMART Cables」という構想が進められている。ITU、世界気象機関、ユネスコ政府間海洋学委員会に関連する国際的な取り組みでは、海底水温、圧力、地震動などを測定するセンサーを海底通信インフラへ組み込むことが検討されている。

この仕組みが広く実現すれば、深海底の温度変化や海洋循環の研究だけでなく、海底地震や津波の監視にも利用できる可能性がある。

これまで深海では、船から観測機器を降ろした地点や、限られた海底観測所からしか連続データを得られない場所が多かった。大陸間を横断する通信ケーブルにセンサーを配置できれば、海底を長い線として観測するという新しい方法が生まれる。

ケーブルそのものをセンサーとして使う研究もある

さらに、光ファイバーを単なる情報の通り道ではなく、巨大なセンサーとして利用しようとする研究も進んでいる。

光ファイバーの中を進む光は、ケーブルの微小な伸縮や振動などの影響を受ける。この性質を利用すると、地震や海底の振動を検出できる場合がある。

すべての既存ケーブルがそのまま精密な深海観測網になるわけではなく、利用できる方式やデータへのアクセスには技術的・運用上の制約がある。しかし、世界中に延びる通信インフラが地球科学の観測網としても利用できる可能性は、深海研究にとって大きな意味を持つ。

海底ケーブルは「環境に影響を与える人工物」であると同時に、「環境を観測する人工物」にもなりうるのである。

まだ分かっていないのは長期的な生態学的影響

海底ケーブルについて難しいのは、物理的な存在を確認することと、生態系への長期的な意味を明らかにすることが別問題である点だ。

ケーブルの位置や敷設方法は分かる。施工によって海底が攪乱されることも分かる。電力ケーブルから電磁場や熱が生じることも物理的には説明できる。

しかし、それによって深海の生物群集が10年、20年という時間の中でどの程度変化するのかとなると、十分なデータがそろっていない場所が多い。

深海生態系は地域差が大きく、同じ水深でも海山、海溝、深海平原、大陸斜面では環境が違う。ある場所の調査結果を世界中のケーブルへそのまま適用することはできない。

UNEP-WCMCも、海底通信ケーブルの全球的な環境フットプリントは比較的小さいと評価する一方、個々の場所では条件が異なりうることを明記している。

深海は「人間のいない世界」ではなくなっている

数千メートル下の海底を横切る細いケーブルを見ても、巨大な建造物のような迫力はないかもしれない。

しかし、その線の向こうには都市があり、データセンターがあり、私たちが日常的に利用する通信網がある。

深海は、人類から完全に切り離された世界ではない。

同時に、海底ケーブルをただ「深海を汚す人工物」と見るだけでも実態を捉えられない。敷設や運用には物理的・生態学的な作用があり、その一部には未解明の問題が残る一方、現在確認されている全球的な直接占有面積は小さい。また将来は、同じケーブル網が水温、圧力、地震動などを測り、これまで見えなかった深海の変化を知らせる観測網になる可能性もある。

暗い海底を延びる一本のケーブルは、人間活動が深海へ到達した証拠である。そして同時に、その深海を長い時間にわたって観察するための「目」へ変わろうとしている。