海面から何千メートルも下、太陽光が消えた海底で、人工物とは無縁に見える風景の中にプラスチック袋や容器が現れることがある。さらに、肉眼では見えないほど小さなマイクロプラスチックも、深層の海水や海底堆積物から検出されている。
これは「海面に浮かんでいるごみの一部が、たまたま沈んだ」というだけの現象ではない。海には、生物、粒子、海流、海底地形が関係する巨大な物質輸送システムがあり、プラスチックもその流れに取り込まれている。
深海は人間社会から遠く離れている。しかし、物質の流れという意味では決して隔絶された世界ではない。
プラスチックは海面だけに浮かんでいるわけではない
海洋プラスチックというと、海面を漂うペットボトルや袋を思い浮かべやすい。しかし、プラスチックの行き先は海面だけではない。
まず重要なのが、プラスチックにはさまざまな種類があることだ。ポリエチレンやポリプロピレンのように海水より密度が低く、比較的浮きやすいものがある一方、より密度が高く沈みやすい樹脂もある。さらに同じ素材でも、製品には添加剤や他の材料が使われており、単純に樹脂の種類だけで浮沈を決められない。
そして、最初は浮いていたプラスチックも、海に長く存在すると状態が変化する。
表面には微生物が付着し、藻類や小型生物などを含む生物膜が形成されることがある。そこに無機粒子や有機物が付着すれば、全体としての密度が増し、沈みやすくなる可能性がある。
このような「生物付着による沈降」は、浮力を持つプラスチックが海面から深部へ移動する仕組みの一つとして研究されている。ただし、すべての浮遊プラスチックが同じ経路をたどるわけではない。付着物が失われれば再び浮力が変化することも考えられ、実際の海での挙動は複雑である。
海の「雪」がプラスチックを運ぶ
深海へ降り続けているものの一つに、マリンスノーがある。
植物プランクトンや動物プランクトンの遺骸、糞、粘液、微細な有機物などが集まった粒子で、海中をゆっくり沈んでいく。深海生態系へ有機物を運ぶ重要な経路でもある。
マイクロプラスチックも、こうした粒子の集合体に取り込まれる可能性がある。
単独では沈みにくい微小なプラスチックでも、有機物や鉱物粒子と凝集すれば、より大きな粒子の一部として下方へ運ばれる。動物プランクトンなどに取り込まれ、その後に排出される粒子を介して移動する経路も研究されている。
つまりプラスチックは、自然界にもともと存在する「海面から深海へ物質を運ぶ仕組み」に乗ることができる。
ただし、この経路が世界の海洋プラスチックをどの程度深海へ運んでいるのかは、まだ十分に定量化されていない。粒子の大きさ、形状、樹脂の種類、生物膜、水温、塩分、生物活動など、多くの条件によって沈み方が変わるためである。
海底へ向かう「濁流」もある
深海への輸送は、海中をゆっくり沈む粒子だけでは起こらない。
大陸斜面や海底谷では、海底の堆積物を大量に含んだ水が斜面を流れ下る「混濁流」が発生することがある。海底地震、洪水、堆積物の崩壊など、さまざまな現象がきっかけになりうる。
混濁流は砂や泥だけでなく、それらに混じった人工物も運ぶことができる。実験や海底調査から、マイクロプラスチックがこのような流れによって深海方向へ輸送・堆積することが示されている。
とくに海底谷は重要である。
陸から海へ流出したごみが沿岸部に運ばれ、そこから海底谷を通じてより深い場所へ移動する経路が考えられる。実際に、洪水などに伴って陸由来のごみが深海へ大量に運ばれたとみられる事例も報告されている。
ただし、すべての海底谷が同じような「ごみの高速道路」になるわけではない。河川との位置関係、斜面の形、海流、嵐や洪水の頻度などによって輸送量は大きく変わる。
海底に着いても旅は終わらない
深海底に到達したプラスチックが、その場所に永久に固定されるとは限らない。
海底付近にも流れが存在するからだ。
深層を流れる水や潮汐に伴う流れは、堆積物を移動させることがある。軽いプラスチック片や微細な粒子も、条件によっては巻き上げられ、別の場所へ再び運ばれる可能性がある。
実際、海底付近の流れが堆積物やそれに含まれる物質を移動させる重要な要因であることが観測されている。
そのため、深海底は単純な「最終処分場」ではない。
ある場所ではプラスチックが蓄積し、別の場所では再移動する。海底地形と海流が組み合わさることで、局所的に高濃度の場所が形成される可能性もある。
深海プラスチックの分布を理解するには、「どれだけ沈むか」だけでなく、「沈んだ後にどこへ動くか」まで考える必要がある。
世界最深部にも人工物は届いている
深海へのプラスチック輸送が単なる推測ではないことを示しているのが、潜水調査による映像記録である。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)は、有人潜水調査船や無人探査機などが撮影した深海ごみの映像・画像を蓄積している。そこには水深数千メートルの海底だけでなく、海溝の非常に深い場所で確認された人工物も含まれている。
JAMSTECのデータを解析した研究では、マリアナ海溝の水深約1万900メートルでプラスチック袋が記録されている。
もちろん、一つの袋が見つかったからといって、海溝全体に同じ密度でごみが存在すると判断することはできない。
潜水船やROVが実際に観察できる範囲は、広大な深海底のごく一部である。映像調査には、通過した場所に大きく左右されるという性質もある。
重要なのは、「深海にごみがあるかどうか」という段階はすでに過ぎているということだ。少なくとも人工物が海洋最深部近くまで到達できること自体は、直接観察によって確認されている。
見えないマイクロプラスチックはさらに調べにくい
大きな袋や容器なら、カメラ映像から存在を確認できる。
一方、数ミリ以下のマイクロプラスチックはそうはいかない。
海水や堆積物を採取し、粒子を分離して、その材質を分析する必要がある。研究によって対象とする粒径や採取方法、分析方法が異なるため、別々の調査で報告された個数を単純に比較できない場合もある。
現在では、深層水や深海堆積物からマイクロプラスチックが検出される研究が世界各地で報告されている。大規模な海洋データの解析でも、マイクロプラスチックが海面だけに集中するのではなく、水柱内部にも広く存在することが示されている。
ここでは試料汚染にも注意が必要になる。
微細な合成繊維などは実験室や船上の空気中にも存在しうる。そのため、採取から分析までの汚染防止やブランク試験が重要となる。深海で粒子が検出されたという結果を理解するときには、「どのような方法で測定したのか」も確認する必要がある。
深海ならプラスチックは消えるのか
深海は低温で暗く、太陽からの紫外線がほとんど届かない。
海面付近では紫外線や熱、波などによってプラスチックの劣化や破砕が進むことがあるが、深海では環境条件が大きく異なる。
そのため、深海へ沈んだプラスチックは比較的長期間残る可能性があると考えられている。しかし、「深海なら何百年残る」といった寿命を一律に決めることは難しい。
樹脂の種類、添加剤、温度、酸素、生物、物理的摩耗などによって変化するからだ。深海環境における各種ポリマーの分解速度については、まだデータが十分とはいえない。深海での生分解を含むプラスチックの長期挙動は、現在も研究が続いている分野である。
「深海へ沈めば自然に消える」と考える根拠はない。
むしろ、目に見えない場所へ移動したため、人間から見えにくくなっているだけかもしれない。
深海生物への影響はどこまで分かっているのか
プラスチックと深海生物が接触していること自体は観察されている。
深海ごみの映像には、生物が人工物に付着している例や、プラスチックが生物のいる場所に入り込んでいる例がある。2018年に報告されたJAMSTECの深海ごみ記録の解析でも、人工物と生物が同じ画像内で確認された事例が報告されている。
マイクロプラスチックについても、摂食や堆積物との接触を通じて深海生物が取り込む可能性がある。
ただし、「深海にプラスチックが存在する」ことと、「それが深海生態系にどれだけ大きな影響を与えているか」は別の問題である。
浅海や実験環境では多くの研究が行われている一方、深海生態系については長期間の影響を直接調べることが難しい。深海生物は採集・飼育自体が難しく、現場での実験にも大きな制約がある。
個体への影響、食物網を通じた移動、化学物質との関係、微生物群集への影響など、まだ十分に分かっていない部分が多い。
深海は「最後の行き先」なのか
海面を漂っていたプラスチックが生物や粒子をまとい、ゆっくり沈む。
マリンスノーに取り込まれ、あるいは海底谷を流れる混濁流に巻き込まれる。海底に到達した後も、底層流によって別の場所へ運ばれる。そして一部は、海溝のような深い地形へ蓄積していく可能性がある。
こうした経路の存在は観察や実験によって次第に明らかになっている。
一方で、海へ流出したプラスチックのうち、どの程度が深海へ到達するのか、どれほどの時間で移動するのか、どこに長期間蓄積するのかについては、依然として大きな不確実性が残る。深海プラスチックの世界的な総量についても研究が進められているが、観測地点や対象粒径が限られるため推定には幅がある。
深海は、海面とは別の世界ではない。
陸から川へ、川から沿岸へ、表層から深層へ、そして海底へ。自然の物質循環が海全体を結びつけている。その流れの中に、人間が作ったプラスチックも入り込んでしまった。
深海で見つかる一枚のプラスチック袋は、遠い海底だけの問題ではない。
それは、私たちの暮らす陸上と、世界で最も深い海が一本の物質の流れでつながっていることを示す証拠でもある。