深海生物図鑑

深海生物にはどんな寄生関係があるのか

深海の暗闇では、獲物を探すことも、仲間を見つけることも簡単ではない。それでも、生物どうしの関係が途切れるわけではない。捕食、共生、競争と並んで、深海にも「寄生」という生活様式が存在する。

寄生者は魚の皮膚やえらに取りつくこともあれば、消化管や体腔の内部に潜むこともある。さらに顕微鏡でなければ見えない単細胞の寄生者まで含めれば、深海の寄生関係は私たちが目にする以上に広がっている可能性がある。

ただし、深海は採集そのものが難しい。現在知られている寄生関係は、深海全体のごく一部を調べた結果にすぎないと考えたほうがよい。

深海の魚にも寄生虫はいる

寄生とは、ある生物が別の生物を宿主として利用し、そこから栄養や生活場所などの利益を得る関係を指す。一般には宿主側に何らかの負担が生じるが、その影響が必ず目に見える病気や死亡として現れるわけではない。

深海魚からは、線虫、吸虫、条虫の仲間や、寄生性のカイアシ類など、さまざまな寄生動物が見つかっている。これまでに行われた研究から、深海が寄生者のほとんど存在しない世界ではないことは明らかである。一方で、調べられている宿主種や海域には大きな偏りがあり、「深いほど寄生虫が少ない」といった単純な法則を示すことも難しい。

研究によっては、深海魚から豊富な寄生者群集が記録される一方、吸虫類については浅海域より多様性が低い傾向も報告されている。したがって「深海では寄生が少ない」のではなく、宿主の種類、食性、生活場所、食物網の構造によって状況が大きく変わると考えられている。

えらや体表に取りつく寄生性甲殻類

比較的わかりやすいのが、魚の外側に付着する外部寄生者である。

カイアシ類には自由生活をする種類が多いが、一部は魚などに寄生する。宿主の皮膚、えら、口腔などに付着し、体液や組織を利用するものがいる。寄生生活に特化した種では体形が大きく変化し、一見しただけでは一般的なカイアシ類とは分からないこともある。寄生性甲殻類全体には多様な生活史が知られている。

深海魚にもこうした外部寄生者は存在するが、その実態を調べるのは容易ではない。

深海魚を底引き網などで採集すると、船上へ運ばれる途中で体表の寄生者が脱落する可能性がある。魚そのものが傷つく場合もあり、本来どこに寄生していたのか分からなくなることもある。このため、深海魚の外部寄生率については十分な情報がないと指摘されている。

つまり、標本から寄生者が見つからなかったとしても、生きていたときにも寄生者がいなかったとは限らない。

食物網を利用して宿主を移動する

体内寄生者の生活史はさらに複雑である。

線虫、吸虫、条虫などには、一生を同じ宿主の中で過ごすのではなく、複数の生物を順番に利用するものが多い。小型の甲殻類などが寄生虫を取り込み、その生物を魚が食べ、さらにその魚が大型魚や海洋哺乳類に食べられることで、寄生者が次の宿主へ移るという経路が成立する。

この仕組みでは、「誰が誰を食べるか」が寄生者にとって重要になる。

深海魚の寄生虫を調べることによって、逆に宿主が何を食べているのか、どの生物と食物網を通じてつながっているのかを推測できる場合もある。

例えばハダカイワシ科の魚類は中深層で重要な小型魚であり、多くの種が昼夜で深さを変える日周鉛直移動を行う。近年の寄生虫群集の研究でも、こうした魚が深海の食物網を通じた寄生虫伝播に重要な役割を果たすことが指摘されている。

ただし、寄生虫が見つかっただけで完全な生活環を復元できるわけではない。幼生と成体の形態が大きく異なる寄生虫もあり、中間宿主が特定されていない種も多い。深海では実際の捕食場面を連続して観察することが難しいため、生活史の一部が推定にとどまる例は少なくない。

熱水噴出域にも寄生者はいる

海底から高温の熱水が噴き出す熱水噴出域は、深海の中でも特に特殊な環境である。化学合成微生物を基盤とする独特な生態系が形成されるため、通常の深海とは異なる生物群集が見られる。

このような場所では、宿主となる生物が限られ、噴出活動による環境変化も大きいため、複雑な生活環を持つ寄生者は少ないのではないかという予想もあった。

しかし、東太平洋海膨の熱水噴出域を調べた研究では、宿主1種あたりの寄生者の種数は、比較対象となった別の海洋生態系と有意に少ないとは認められなかった。調査された熱水域全体の寄生者種数は少なかったものの、これは捕食性魚類など宿主となる生物の多様性が低いことと関係すると考えられている。また、その調査では複雑な生活環を持つ吸虫類も確認された。

この結果は重要である。

極端な環境だから寄生者が存在できないのではなく、寄生者の多様性を左右する要因として、宿主の多様性や食物網の複雑さが重要であることを示しているからだ。

顕微鏡の世界にも寄生が広がっている

寄生者は動物だけではない。

海中には、他の単細胞生物などに感染する寄生性原生生物も存在する。その代表的なグループの一つとして研究されているのが、アルベオラータに属するSyndinialesである。

海水中のDNAやRNAを解析する環境シーケンス研究によって、こうした寄生性生物の遺伝情報が世界各地の海から検出されるようになった。深い水深でも寄生性原生生物の配列が見つかっており、宿主を破壊することで有機物を水中へ戻し、微生物食物網や炭素循環に関わっている可能性が研究されている。

ただし、ここでは注意が必要である。

環境DNAなどから寄生者らしい配列を検出できても、実際にどの生物を宿主としているのかまで直接確認できるとは限らない。宿主候補との分布の一致から関係が推定されているケースもあり、深海微生物の寄生ネットワークには未解明の部分が多い。

チョウチンアンコウの雄は「寄生虫」なのか

深海の寄生という言葉から、チョウチンアンコウ類の繁殖を思い浮かべる人もいるかもしれない。

深海性アンコウの一部では、小型の雄が雌にかみつき、その後、体組織や血管まで融合して長期間離れなくなる。雄が雌から栄養を受ける状態になる種類もあり、この繁殖様式は学術的にも「sexual parasitism(性的寄生)」と呼ばれている。

さらに興味深いことに、永久的な融合を行う系統では、通常なら他個体の組織を排除する適応免疫に関係する遺伝子の一部が失われたり、大きく変化したりしていることがゲノム研究から示されている。雄と雌という異なる個体が融合できる背景には、免疫系の特殊な進化があると考えられている。

ただし、これは一般的な「寄生虫」と同じものではない。

雄と雌は同じ種であり、この関係の目的は繁殖である。したがって、線虫やカイアシ類が別種の宿主を利用する寄生とは区別して考える必要がある。「性的寄生」という名称は、その極端な雌雄関係を表す専門用語である。

寄生者から深海の食物網が見えてくる

寄生虫というと、宿主を弱らせる存在だけが注目されがちである。しかし生態学では、寄生者も生態系を構成する生物の一員である。

複数の宿主を必要とする寄生者が存在するためには、それらの宿主が同じ場所にいるだけでなく、捕食などを通じて適切な順序で結びついていなければならない。そのため、ある寄生虫が見つかること自体が、目では直接観察しにくい生物間関係を示す手がかりになる。

一方、深海では宿主そのものの生態が分かっていない場合も多く、寄生者になると情報はさらに少なくなる。採集時に失われる外部寄生者、まだ中間宿主の分からない内部寄生者、DNAだけが検出されている微小な寄生者もいる。

深海の寄生関係について確実に言えるのは、暗く低温で高圧の世界にも、宿主を利用して生きる多様な生物が存在するということだ。

その種類がどれほどあり、誰から誰へ移り、宿主の個体数や深海の物質循環にどの程度影響しているのかとなると、まだ答えのない部分が大きい。深海生態系の全体像を理解するには、目立つ大型生物だけでなく、その体表や体内、さらには細胞の中にまで目を向ける必要がある。