海に潜っていくと、世界は少しずつ暗くなり、やがて太陽の光はほとんど届かなくなる。水圧は増え、植物プランクトンによる光合成もできなくなり、食べ物の供給方法まで変わっていく。
深海とは、単に「海の底に近い場所」ではない。深くなるにつれて物理環境が連続的に変化し、それに合わせて生き物の姿や暮らし方も変わる巨大な環境勾配である。
では、水面から海溝の底まで降りていくと、海はどのように変化していくのだろうか。
海は深さによっていくつもの世界に分かれる
海の深さを区分する方法はいくつかあり、研究分野や目的によって境界は多少異なる。ただし外洋の水深を考えるときには、おおまかに次のような区分が使われることが多い。
- 表層付近から約200メートルまで:表層帯
- 約200〜1000メートル:中深層
- 約1000〜4000メートル:漸深層
- 約4000〜6000メートル:深海帯
- 約6000メートルより深い海溝:超深海帯
これは単なる住所のような分類ではない。それぞれの深さで、光、水圧、温度、食料の量、生物同士の関係が変わってくる。
特に大きいのが「光」と「食料」の変化である。
表層は太陽エネルギーで動いている
海面から比較的浅い場所では、太陽光が海水中に入り込む。
海水中の植物プランクトンなどは、その光を利用して光合成を行う。こうして生産された有機物が、動物プランクトンや魚などに利用され、海の食物網の基礎となる。
つまり私たちが想像する「魚がたくさん泳いでいる海」は、多くの場合、太陽から供給されるエネルギーに支えられている。
しかし光は、海の奥まで無限に進めるわけではない。
水そのものや海水中の粒子によって吸収・散乱され、深くなるほど急速に弱くなる。どの程度まで届くかは海水の透明度や海域によって異なるため、「この深さで突然真っ暗になる」という明確な境界があるわけではない。
200メートルを超えると光の意味が変わる
およそ数百メートルまで潜ると、人間の目にとってはかなり暗い世界になる。
この領域では、太陽光は残っていても光合成に十分とはいえなくなる。植物プランクトンがその場で大量の有機物を生産することは難しい。
その一方で、「暗い」と「光が存在しない」は同じではない。
微弱な太陽光を感知できる生物もいるため、中深層では大きな目を持つ魚や、光に敏感な視覚器官を備えた生物が見られる。
さらに重要なのが、生物自身がつくる光、すなわち生物発光である。
深海では、魚類、甲殻類、イカ類、クラゲ類など多様な生物が発光能力を持つことが知られている。発光の役割は一つではなく、獲物を誘う、仲間との信号に使う、敵を驚かせる、自分の姿を隠すなど、種によって異なると考えられている。
暗闇になったことで光が消えたのではない。むしろ太陽光が弱くなったからこそ、生物がつくる微弱な光が大きな意味を持つようになる。
水圧は10メートル潜るごとにおよそ1気圧増える
深くなるほど劇的に変化するもう一つの要素が、水圧である。
海面では大気による圧力を受けているが、水中ではその上にある海水の重さが加わる。そのため水深が約10メートル増すごとに、水圧はおよそ1気圧ずつ増えていく。
水深1000メートルでは約100気圧、水深1万メートルでは約1000気圧に近い圧力になる。
ただし、この数字だけから「深海生物は1000気圧の力で押しつぶされている」と考えると実態を誤解しやすい。
深海生物の体内にも水分が多く、内外から圧力を受けているため、人間が空の容器を深海へ沈めた場合と同じように単純につぶれるわけではない。
問題になるのは、圧力そのものが細胞膜やタンパク質などの働きに影響することである。
深海生物には、高圧環境でも細胞や酵素が機能できるような生化学的特徴があることが知られている。どのような仕組みがどこまで重要なのかは生物群によって異なり、現在も研究が続いている。
深海への適応は、「頑丈な体を持つ」という単純な話ではないのである。
深海では食べ物が降ってくる
深海で最も厳しい条件の一つが、食料の少なさである。
光合成のできない深海では、海面付近のようにその場所で大量の有機物を生産することが難しい。
そこで重要になるのが、上の海から落ちてくる有機物である。
植物プランクトンや動物プランクトンの死骸、排泄物、脱皮殻などの細かな有機物が、ゆっくりと海中を沈んでいく。こうした沈降粒子は「マリンスノー」と呼ばれる。
暗い海中を白い粒が降っていくように見えることが、その名前の由来である。
しかし、海面付近でつくられた有機物のすべてが海底まで届くわけではない。
沈んでいく途中で微生物や動物に利用され、分解される。そのため一般には、深くなるほど利用できる食料は少なくなる。
深海生物に省エネルギー型の生活をする種が多いことや、少ない機会を逃さず餌を利用する生態が見られることは、こうした食料条件と関係していると考えられている。
ときには巨大な食料が落ちてくる
深海への食料供給は、細かなマリンスノーだけではない。
クジラなど大型動物の死体が海底へ沈む場合もある。
巨大な死体は、周辺にとって非常に大きな有機物の供給源となる。クジラの死骸の周囲では、腐肉を食べる動物、微生物、さらに骨に含まれる物質を利用する生物などが時間とともに入れ替わりながら集まることが知られている。
食料の乏しい深海では、一体の巨大動物の死が一時的な生態系をつくることさえある。
深海は何も起こらない静かな世界ではない。食料がいつ、どこから届くか分からないため、むしろ大きな変動を含んだ環境でもある。
1000メートルを超えると太陽光はほぼ意味を失う
さらに深く、1000メートルを超える領域では、太陽光は生物の生活を直接支える光源としてほぼ意味を失う。
ここから先では、周囲に見える光があるとすれば、その多くは生物発光である。
水温も表層より低く、多くの外洋深海では数℃程度の低温環境が広がる。ただし海域や水塊によって条件は異なるため、深ければ必ず同じ温度というわけではない。
この世界では、水圧はさらに増し、食料供給も限られる。
そのため深海魚には、筋肉量を抑えた体を持つものや、大きな口と歯を持つもの、胃を大きく広げられるものなどがいる。
こうした姿は「奇妙な形」なのではなく、その生物が暮らす環境と進化の歴史の結果である。
ただし、深海生物すべてが同じ戦略を取っているわけではない。活発に泳ぐ種もいれば、海底近くで暮らす種もいる。深海という一語の中にも、非常に多様な生活様式が存在する。
海底に着いても深海は終わらない
水深4000〜6000メートルほどになると、広大な深海平原が現れる海域がある。
海底には泥や微細な堆積物が積もり、一見するとほとんど何もないように見えることもある。
しかし実際には、ナマコ類、クモヒトデ類、甲殻類、多毛類などさまざまな動物が暮らしている。泥の内部にも多くの微小生物が存在する。
さらに特殊な場所では、海底下から化学物質を含む熱水が噴き出す熱水噴出孔がある。
ここでは太陽光ではなく、硫化水素などの化学物質から得られるエネルギーを利用する微生物が生態系の基盤になる場合がある。こうした仕組みは化学合成と呼ばれる。
これは「深海の生態系はすべて海面から落ちてくる食料だけで成立している」という単純な図式が当てはまらない重要な例である。
6000メートルより深い海溝はさらに別の環境になる
海には、大陸や島の近くなどで海底が細長く深く落ち込んだ海溝がある。
おおむね水深6000メートルより深い領域は、超深海帯あるいはヘイダル帯と呼ばれる。
世界最深クラスの海溝では水深1万メートルを超える。
この領域では水圧は極端に高い。それでも生命が存在しないわけではない。甲殻類、ナマコ類、微生物などが確認されており、魚類も非常に深い海域まで生息している。
一方で、魚が生息できる深さには生理的な限界がある可能性が研究されている。実際にどの深さまで魚類が恒常的に生息できるのかについては、観察記録や生理学的研究を組み合わせながら検討が続いている。
海溝は単純に「深海平原をさらに深くした場所」でもない。
斜面を流れ落ちた有機物が特定の場所に集まり、周囲より食料が豊富になる場合もある。深さが増せば必ず食料が一様に減り続けるとは限らないのである。
深くなるほど生物が少なくなる、だけでは説明できない
水面から海溝へ降りていくと、確かに太陽光は失われ、水圧は増し、表層由来の食料供給は減っていく。
しかし、生物の世界が単純に貧しくなっていくわけではない。
中深層には大量の魚類や甲殻類が存在し、夜になると表層近くまで上昇する生物もいる。海底には堆積物を利用する生物が暮らし、熱水噴出孔には化学エネルギーを基盤とした生態系が形成される。海溝の底にも、その高圧環境に適応した生命がいる。
深さが変われば、生きるために利用できる条件が変わる。
そして生命は、その条件の中でさまざまな方法を生み出してきた。
深海とは「暗い場所」ではなく環境が変化し続ける縦の世界
海面から海溝までを一本の縦軸として眺めると、深海の姿は分かりやすくなる。
浅い海では太陽光がエネルギーの出発点になる。深くなると光が減り、生物発光の重要性が増す。水圧はほぼ深さに比例して高くなり、食料は主に上層から供給されるようになる。そして海底では、地形や海流、熱水活動などによって局所的にまったく異なる環境も生まれる。
私たちが「深海」と一括りにしている空間は、実際には何千メートルもの高さを持つ巨大な世界である。
そこを数百メートル降りるだけでも、光の量も、食料の得方も、生物同士の関係も変わっていく。
海溝の底は確かに地球上でもっとも到達しにくい場所の一つだ。しかし深海の不思議は、最深部だけにあるのではない。
水面から暗闇へ向かうその途中すべてに、環境の変化と、それに応答してきた生命の歴史が広がっている。