深海魚の写真を見ると、頭の大部分を占めるような巨大な目に驚くことがある。暗い場所で暮らすのだから、目が大きくなるのは当然のようにも思える。しかし深海を詳しく見ると、話はそれほど単純ではない。
大きな目をもつ深海魚がいる一方で、非常に小さな目しかもたない魚もいる。ほとんど視覚に頼らず、別の感覚を発達させた種類さえいる。深海魚の目は、単純に「深ければ深いほど大きくなる」のではない。
巨大な目は、わずかな光を利用できる環境で有利になりうる一つの戦略である。その形を理解するには、まず深海にどのような「光」が存在するのかを考える必要がある。
暗闇にも、光はある
海中では、太陽光は深くなるにつれて急速に弱くなる。とくに中深層、いわゆる薄明の海では、海面から届く光は非常に弱い。それでも完全な闇ではなく、上方から届くかすかな光が残っている。
さらに深海には、生物自身が作る光がある。発光器を備えた魚や甲殻類、クラゲなどが放つ生物発光だ。深海で利用できる光は青色付近に偏っており、多くの深海動物の視覚も、この波長域に高い感度をもつ。
つまり深海魚の目が見ようとしているものは、昼間の地上のような明るい風景ではない。
頭上から降りてくる極端に弱い光、そこを横切る獲物や捕食者の影、そして暗闇の中で突然現れる発光。そのような、ごく少数の光子から情報を引き出さなければならない世界である。
大きな目は「光を集める窓」を広げる
目を大きくする最大の利点は、光を取り込みやすくできることにある。
カメラでも、光を取り込む開口部が大きければ、暗い場所でより多くの光を利用できる。動物の目でも基本的な事情は似ている。大きな眼球や大きな瞳孔を備えれば、条件によってはより多くの光を網膜へ送り込める。
深海魚では、眼球の大型化だけでなく、暗所での感度を高めるさまざまな構造が知られている。中深層に多いハダカイワシ類では、目の大きさに種間で大きな違いがあり、反射構造などを含めた複数の視覚適応が研究されている。
ただし、「大きな目なら暗闇が明るく見える」と単純に考えるのは正確ではない。
光を感じる能力には、レンズや瞳孔だけでなく、網膜の構造、視細胞の数や配置、神経回路がどの程度の情報をまとめて処理するかといった多くの要因が関係する。わずかな光を検出することを優先すれば、細かな形を見分ける能力や時間的な変化を追う能力との間にトレードオフが生じる場合もある。
深海の目は単なる「高性能カメラ」ではなく、その魚が必要とする情報だけを効率よく取り出す装置なのである。
巨大な目は、上を見るためのものでもある
深海魚の中には、単に丸い目を大きくするのではなく、望遠鏡のような筒状の目を発達させた種類がいる。
代表的な例がデメニギスの仲間である。デメニギス *Macropinna microstoma* は筒状の高感度な目をもち、通常は上方を向けている。海面側に残る弱い光を背景として、その前を横切る生物の影などを探すのに適した構造だと考えられている。
筒状の目は、特定方向から来る光を効率よく利用できる一方、視野が狭くなりやすい。
かつてデメニギスの目は上向きに固定されていると考えられていた。しかしROVによる生体観察などから、この魚の目は透明な頭部の内部で回転し、上方だけでなく前方にも向けられることが確認された。獲物を探すときと、実際に捕食するときとで視線を変えられる可能性が示されたのである。
この例は、深海魚の目を標本だけから理解することの難しさも示している。
「深いほど目が巨大になる」わけではない
ここには重要な逆説がある。
光が少ないなら、深くなるほど目を大きくした方がよさそうに思える。ところが実際には、ある深さを越えると、目をさらに大きくする利益そのものが小さくなる可能性がある。
中深層では、まだ海面から届く微弱な光が存在する。そのため感度の高い目があれば、背景光に対するシルエットを利用できる。
しかしさらに深くなり、太陽由来の背景光がほとんどなくなると、見える光景は変わる。重要になるのは、広い背景を照らす光よりも、暗闇に点として現れる生物発光である。深海魚の視覚に関する研究では、このような光環境の変化に伴い、深い外洋域では眼球がむしろ小さくなる傾向も指摘されている。
したがって、「暗いほど大きな目が必要」という一本の法則は存在しない。
どの深さに暮らすのか。昼夜で上下移動するのか。獲物を影として探すのか、発光として探すのか。捕食者を見つける必要があるのか、仲間を探す必要があるのか。こうした生活様式によって、適した目の大きさは変わる。
大きな目にはコストもある
巨大な目を作れば、必ず得をするわけでもない。
目は組織を作って終わりではなく、網膜や神経系を維持し、そこから入ってくる情報を処理しなければならない。頭部の限られた空間の中では、大きな目を持つこと自体が身体設計上の制約にもなる。
食物が乏しい深海では、使わない器官を大きく維持することが有利とは限らない。深海に生息するクジラウオ類では、成魚になると目が著しく縮小し、代わりに水中の振動を感じ取る感覚系が発達している例が知られている。
これは「目が退化したから能力が低い」という意味ではない。
光がほとんど情報を与えてくれない環境なら、視覚以外に資源を振り分ける方が合理的な場合がある。深海では、巨大な目も小さな目も、それぞれ異なる条件への適応として理解する必要がある。
巨大な目から、どこまで生態を読み取れるのか
研究者は目の形から、その生物がどのような光を利用しているのかを推定できる。
眼球や瞳孔の大きさ、レンズの形、網膜の構造、視細胞や視物質を調べれば、暗所への適応度や感度の高い波長などを知る手掛かりになる。複数の種類を比較すれば、生活する深さや行動との関係も検討できる。
一方、目の形だけで「この魚はこの獲物を探すために目を巨大化させた」と断定することはできない。
形態から分かるのは、ある能力に適した構造を備えているということだ。その構造が実際の自然環境でどのように使われているかを知るには、生きた個体の行動観察が重要になる。
深海魚研究では、網で採集された標本が長い間主要な資料だった。しかし柔らかな組織は採集や浮上の過程で損傷することがあり、生体でなければ分からない姿勢や眼球運動もある。デメニギスの回転する目が明らかになったように、ROVなどによる現場観察は、標本だけでは見えなかった生態を明らかにしている。
暗闇で何を「見ている」のかは、まだ完全には分からない
巨大な目をもつ深海魚を前にすると、「どれほどよく見えているのだろう」と想像したくなる。
しかし人間がその目を借りて深海を見ることはできない。網膜の感度を測り、視物質を分析し、目の光学構造を調べることはできても、その魚が自然界でどの程度遠くの発光を認識し、何を獲物と判断し、どの瞬間に逃げるのかまで完全に再現するのは難しい。
とくに深海では、生きた個体を長時間観察すること自体が容易ではない。現在知られている視覚適応も、詳しく研究された一部の種から得られた知識を含んでおり、深海魚全体について同じことが言えるわけではない。
それでも巨大な目が伝えていることはある。
深海は「何も見えない世界」ではないということだ。
人間には真っ暗に見える海の中にも、わずかな太陽光、青い生物発光、動く影が存在する。その数少ない光子に生命がどれほど大きな価値を置いてきたのか。その答えの一つが、深海魚の頭を占める巨大な目なのである。