深海生物図鑑

ハダカイワシは毎日なぜ深く潜るのか

海面から遠く離れた暗い海で、昼になると深く沈み、夜になると上へ向かう魚たちがいる。ハダカイワシの仲間は、その代表格だ。

一見すると不思議な行動である。深海に適応した魚なら、ずっと深い場所にいればよさそうにも思える。それなのに、多くのハダカイワシ類は日没とともに上昇し、夜明けが近づくと再び数百メートル規模の移動をして深場へ戻る。

この往復運動は「日周鉛直移動」と呼ばれる。単なる深海魚の習性ではない。**暗闇を避難場所として利用しながら、食物の豊かな海面近くへ通う**という、海の明暗を利用した生存戦略だと考えられている。ハダカイワシの移動はさらに、浅い海と深い海の生態系を毎日つなぐ巨大な物質輸送の一部でもある。

ハダカイワシは「一匹の魚」の名前ではない

ハダカイワシとは、ハダカイワシ科に属する多くの魚の総称である。英語では、その発光器から「lanternfish」と呼ばれる。

主な生活場所は、海面からおよそ200〜1000メートルの中深層と呼ばれる領域だ。この深さでは太陽光は急速に弱くなり、下へ進むほど昼間でも暗い世界になる。ハダカイワシ類は世界の海に広く分布し、中深層の魚類群集を構成する重要なグループの一つである。

ただし、「ハダカイワシはすべて同じ深さにいて、全個体が同じように移動する」と考えるのは正しくない。

種によって昼夜の生息深度は異なり、同じ種でも季節、成長段階、海域などによって行動が変わる。近年の南大洋での解析でも、主要なハダカイワシ類の移動距離には種ごとの差があり、集団の全個体が常に日周鉛直移動を行っているわけではないことが示されている。

したがって、「ハダカイワシは毎日深く潜る」というのは、この仲間によく見られる大きな傾向を表した言い方だ。

昼は深海、夜は浅い海へ

典型的な日周鉛直移動では、ハダカイワシは昼間を深い場所で過ごし、日没前後から上昇を始める。

夜になると、動物プランクトンなどが豊富な表層付近まで移動する種がいる。そして夜のあいだに摂食し、明るくなり始めるころには再び深い海へ戻っていく。実際、特定のハダカイワシ類では、夜間に表層へ移動して動物プランクトンを食べることが胃内容物の調査などから確認されている。

つまり人間の感覚で表現すれば、深海は「家」、浅い海は「食堂」のような関係に見える。

しかし、本当の意味ではそのように単純ではない。浅い場所には食物がある一方、危険も増えるからだ。

なぜ明るい昼に深く潜るのか

日周鉛直移動を説明する有力な考え方の一つが、**食物を得る利益と、捕食される危険とのバランス**である。

海の表層には植物プランクトンによる生産を起点として、多くの動物プランクトンが存在する。ハダカイワシにとって魅力的な餌場になりうる一方、昼間の明るい水中では魚の姿も見つかりやすい。

そこで、夜の暗さを利用して浅い場所へ上がり、日が昇る前に暗い深場へ戻れば、餌を得ながら視覚に頼る捕食者に発見される危険を抑えられる可能性がある。

この説明は多くの観察結果と整合する。しかし、「捕食者から逃げるためだけに深く潜る」と断定することはできない。水温、餌の分布、酸素濃度、季節、個体の大きさなど複数の条件が移動に影響しうるからだ。実際、ハダカイワシ類の日周移動には地域や季節による違いが知られている。

彼らは時計だけを頼りに上下しているわけではなく、その時々の海の条件に応じて行動していると考えるほうが現実に近い。

海中の「夕暮れ」を追いかけているのか

ハダカイワシの行動を考えるうえで特に重要なのが光である。

中深層は真昼でも薄暗い。太陽が傾けば、水中へ届く光はさらに弱くなる。すると、それまで深い場所で暮らしていた生物が上昇できる暗さが、海面側へ広がっていく。

ハダカイワシ類の移動が周囲の光条件と密接に関係していることは各地で確認されている。種類によって違いはあるものの、光の変化が日周鉛直移動を調節する主要な要因の一つと考えられている。

この観点から見ると、彼らは単純に「夜になったから浮上する」のではなく、**自分が活動できる暗さの領域とともに上下している**とも表現できる。

ただし、どの程度の光を感知したときに、どの個体が移動を開始するのかまで、すべての種について分かっているわけではない。

暗い海で、自分自身も光る

ハダカイワシ類の体には、多くの場合、発光器が並んでいる。

特に腹側にある発光器については、下から見たときに海面方向からわずかに届く光と自分の明るさを近づけ、体の黒いシルエットを目立ちにくくする「カウンターイルミネーション」に利用されるという説明が支持されている。

奇妙なのは、身を隠すために暗い海へ潜る魚が、そこで自分から光を出していることである。

しかし、発光は必ずしも「目立つ」ことを意味しない。周囲に残る光と適切に組み合わされれば、光ることそのものが迷彩になる。

さらに、体側の発光器の配置には種ごとの特徴があり、仲間や同種個体を識別する信号として使われている可能性も研究されている。ただし、発光器による種識別が野外でどのように行われているかについては、形態や進化的な比較から支持されている部分と、まだ仮説にとどまる部分を分けて考える必要がある。

魚群探知機が見つけた「動く海底」

ハダカイワシだけを一匹ずつ追跡することは簡単ではない。そのため研究では、網による採集だけでなく、音響観測も重要な手段になる。

海中へ音波を送ると、魚や動物プランクトンの集団から反射が返ってくる。中深層には大量の生物が集中する層が存在し、「深海散乱層」と呼ばれる。

この層は固定されていない。夕方になると上へ動き、朝になると下へ移動することがある。

つまり船の上から見れば、海中に存在する巨大な生物の層そのものが毎日上下しているように見える。その構成員にはハダカイワシ類のほか、多様な魚類や甲殻類などが含まれるため、音響観測だけですべてをハダカイワシだと判断することはできない。それでも、この方法によって日周鉛直移動を長時間、広い範囲で追跡できるようになった。

毎日の往復が、炭素を深海へ運ぶ

ハダカイワシの移動には、さらに大きな意味がある。

夜、浅い海へ上昇したハダカイワシが動物プランクトンを食べる。その食物に含まれる炭素の一部は魚の体内に取り込まれる。そして魚が深い場所へ戻れば、呼吸や排泄などを通じて炭素や栄養物質の一部が深層側へ移される。

これは生物が自ら泳ぐことで物質を運ぶ「能動的な輸送」の一つであり、海洋の生物ポンプを考えるうえで重要な過程である。

一匹のハダカイワシが運べる量だけを見れば小さい。

しかし日周鉛直移動は世界中の海で多数の生物によって行われている。彼らの毎日の上下運動を合計すると、表層と深層の物質循環を結びつける巨大な生態学的現象になる。

ハダカイワシは単に深海に住む小魚ではない。浅い海で生まれたエネルギーを深海へ運び、同時に自らも大型魚類、イカ類、海鳥、海生哺乳類などの餌となることで、異なる深度の食物網をつないでいる。

それでも「なぜ潜るのか」は完全には解けていない

日周鉛直移動の大まかな仕組みはかなり理解されている。

夜の浅い海で餌を得る。明るい昼には深場へ退避する。光の変化を手掛かりにしながら、捕食リスクと摂食機会のバランスを取る――これは有力な説明である。

しかし、実際のハダカイワシの行動はもっと複雑だ。

同じ海域でも移動する個体としない個体がいることがある。種によって移動距離も違う。季節によって行動が変化する例もあり、逆方向に移動するような特殊なパターンさえ報告されている。最近の研究でも、個体群の一部だけが日周鉛直移動に参加する「部分的な移動」が示されており、ハダカイワシを単一の行動パターンで説明することの難しさが改めて示されている。

さらに深海で一匹の魚が何を感知し、どの瞬間に上昇や下降を決めたのかを直接確かめることは容易ではない。網で捕まえれば行動そのものは途切れ、音響観測では個体の意思決定までは見えない。

だからこそ、ハダカイワシの毎日の往復には、まだ研究すべき余地が残されている。

昼になると暗い深海へ消え、夜になると再び上の世界へ現れる。

その姿は、深海と海面が別々の世界ではないことを教えてくれる。私たちには静止しているように見える海の内部で、生物たちは日の出と日没に合わせ、毎日巨大な上下移動を繰り返している。

ハダカイワシが深く潜る理由をたどることは、暗闇に暮らす一匹の魚を理解するだけではない。**光、捕食、食物、そして炭素循環によってつながった、海全体の昼と夜のリズムを読み解くことでもある。**