海の奥へ潜るほど、太陽の光は弱くなっていく。そこで暮らす生物の目を想像すると、「少しでも多くの光を集めるため、巨大な目を持つはずだ」と考えたくなる。
実際、その方向へ進化した深海生物はいる。大きな目や筒状の目、高感度の網膜などを備え、わずかな光や生物発光を捉える種は少なくない。ところがその一方で、深海には目が小さくなった生物や、視覚器官が著しく簡略化した生物もいる。
暗い場所に住むなら、大きな目と小さな目のどちらが有利なのだろうか。
答えは、「暗さだけでは決まらない」である。深海で目が小さくなる現象を理解するには、そこに光がどれだけあるかだけでなく、その光を使って何を見る必要があるのかまで考える必要がある。
深海に入れば自動的に目が退化するわけではない
まず重要なのは、「深海生物は目が退化する」という単純な法則は存在しないことだ。
魚類だけを見ても、深海では非常に大きな目を持つ種がいる一方、小さな目を持つ種もいる。ハダカイワシ類の研究でも、眼球の大きさや網膜の構造には種ごとに大きな違いがあり、それぞれの生態と関係していることが示されている。
これは一見すると矛盾している。
しかし、目には二つの事情がある。
暗くなるほど、できるだけ多くの光を取り込むことが重要になる。その意味では、大きな目は有利になりやすい。実際、大きな眼球は大きな開口部やレンズを持つことができ、弱い光を利用する能力を高められる。魚類では眼球サイズと視力との関連も報告されている。
ところが、さらに暗くなり、利用できる光そのものが極端に少なくなると事情が変わってくる。
目を大きくしても、見るべき光がほとんど存在しないのであれば、その投資から得られる利益は小さくなる可能性がある。
つまり深海では、
「暗いから目を発達させる」
という方向と、
「暗すぎて視覚への依存を減らす」
という、一見正反対の進化がどちらも起こりうるのである。
「目の退化」とは何が起こることなのか
日常語では「退化」という言葉から、眼球が単純に小さくなる様子を想像しやすい。しかし生物学的には、視覚系の変化はもっと複雑である。
眼球そのものの相対的なサイズが小さくなる場合もあれば、網膜の構造が変化する場合もある。色を見るための錐体細胞への依存が低下し、暗所視に適した桿体細胞が主体となる深海魚も知られている。深海魚の中には、網膜がほぼ桿体だけで構成されるものもある。
さらに、光を受け取るオプシンというタンパク質をつくる遺伝子の使われ方も変化する。
したがって、「目が小さい」と「まったく見えない」は同じではない。
外見上は小さな眼球でも、残された光を検出できる可能性はある。逆に眼球が大きくても、人間のような高精細な視覚を持っているとは限らない。深海では、物体の細かな模様を判別することよりも、ごく弱い光点を見つけることのほうが重要な場合もある。
目の大きさだけで、その生物が見ている世界を判断することはできないのである。
光がなくなれば、目を維持する意味も変わる
深海でも完全な暗闇が突然始まるわけではない。
海面から届く太陽光は深くなるにつれて急速に減衰する。一方で、深海には発光生物が非常に多く、周囲が暗くなった後も生物発光という光源が存在する。そのため、太陽光がほぼ利用できない環境でも視覚が役立つ場合はある。深海魚の視覚は、上方から広く届く弱い光と、生物発光による点状の光という異なる光環境に対応して進化してきたと考えられている。
獲物が光る。捕食者が光る。仲間が光る。
そのような場所なら、わずかな光を感知できる目には大きな価値がある。
しかし、すべての深海生物が同じように光を利用しているわけではない。
海底の泥の中や岩の隙間で暮らす生物なら、広い範囲を視覚で探す必要性が小さいかもしれない。餌を化学物質の匂いで探したり、振動や水流を感じたりできるなら、目の重要性はさらに低下する可能性がある。
深海という環境だけを見るのではなく、「その生物がそこで何をしているのか」を見る必要がある。
目をつくるにも維持するにもコストがある
目は無料の装備ではない。
レンズや網膜、視神経だけでなく、受け取った信号を処理する神経系も必要になる。生物の体は限られた物質とエネルギーを使ってつくられ、維持されているため、役に立たない器官を大きく保つことには利益がない。
そこでしばしば、「深海では餌が少ないから、エネルギー節約のために目が退化した」と説明される。
これはもっともらしい仮説ではあるが、すべての深海生物について直接証明されているわけではない。
眼球が小さい種を見つけただけでは、それがエネルギー節約を目的として進化したことまでは分からない。視覚を使う機会が減った結果として、眼球を大きく維持する方向の自然選択が弱くなった可能性もある。発生過程や別の形質の変化に伴って目が縮小した可能性も考えられる。
したがって、「目が小さい=省エネのため」と一つの理由だけにまとめるのは慎重であるべきだ。
見えない代わりに別の感覚が発達したのか
目が小さくなった生物について、「視覚を失った代わりに嗅覚や触覚が発達した」と説明されることも多い。
実際、暗い環境では視覚以外の感覚が重要になることは十分に考えられる。
魚なら、水の動きや振動を感知する側線系を持つ。化学物質を感知する嗅覚や味覚も、獲物や仲間を探す手段になりうる。深海の無脊椎動物にも、長い触角などを使って周囲を探るものがいる。
ただし、ここでも注意が必要だ。
ある生物の目が小さいことと、別の感覚器官が発達していることが確認できたとしても、「目を失ったから、その代償として別の感覚が進化した」と直ちに証明できるわけではない。
進化には長い歴史があり、複数の形質が同時に変化する。
その関係が自然選択による交換関係なのか、それぞれ独立した適応なのかを確かめるには、近縁種の比較や遺伝子、発生、生態などを組み合わせた研究が必要になる。
同じ深海でも「見る必要」はまったく違う
深海生物の目の進化を理解するうえで面白いのは、光量だけでは説明できない例が数多く存在することである。
たとえば中層を泳ぐ生物なら、上方に残る微弱な光を背景として獲物の影を探せる。そのため上向きの視覚を極端に強化した魚もいる。
また、生物発光の光点を遠くから発見できれば、獲物や仲間を見つけるうえで有利になる可能性がある。
一方、海底近くをゆっくり移動し、餌を別の感覚で探す生活では、同じような視覚性能が必要とは限らない。
さらに興味深いことに、同じ個体でも成長につれて使う光環境が変わる魚がいる。深海魚の幼生には比較的浅い海で生活し、成長後に深い場所へ移るものがあり、それに伴って網膜で使われる視覚関連遺伝子が変化する例も確認されている。
つまり「深海魚の目」という一種類の設計図が存在するわけではない。
どの深さで暮らすのか。
昼夜で移動するのか。
何を食べるのか。
何に食べられるのか。
仲間をどのように見つけるのか。
そうした生活史の積み重ねによって、それぞれ異なる目が形づくられてきたと考えるほうが実態に近い。
どこまでが分かっていて、どこからが推定なのか
現在の研究では、深海生物の眼球サイズ、網膜の構造、視細胞の種類、視覚関連遺伝子などを調べることができる。
近縁種を比較すれば、どの系統で眼球が大きくなったのか、小さくなったのかも推定できる。
一方で、その生物が自然の深海で実際に何を見ているのかを直接調べることは簡単ではない。
標本の網膜を調べれば、どの波長の光に反応しやすいかは推定できる。しかし、その魚が数百メートル先の発光を見つけているのか、近くの獲物だけを識別しているのかといった具体的な視覚世界まで完全に再現できるわけではない。
深海は観察そのものが難しい。
採集された生物は水圧や温度の急変によって損傷することもあり、船上で正常な行動を長期間観察できない種も多い。潜水艇や無人探査機による現場観察が進んでも、遭遇できる個体数や観察時間には限界がある。
そのため、「この目は何のためにこの形になったのか」という問いの一部は、現在も比較研究から導かれる推定である。
小さな目は「不完全な目」ではない
目が小さくなることを、「使わなくなったため壊れていく過程」とだけ捉えると、深海生物の進化を見誤ってしまう。
自然選択に完成形はない。
必要なのは、その環境で子孫を残せることである。
一筋の光を見逃さない巨大な目が有利な世界もあれば、視覚に頼る必要がほとんどなく、小さな目で十分な世界もある。
だから深海には、大きな目、筒のような目、小さな目、特殊な網膜など、互いにまったく異なる視覚システムが並存している。
暗闇は、生物から一方向に目を奪っていく環境ではない。
むしろ、限られた光をどう使うのかという問いに対して、生物ごとに違う答えを生み出してきた環境なのである。