深海生物図鑑

シンカイヒバリガイは細菌とどう共生するのか

深海の海底では、太陽の光がほとんど届かない。植物プランクトンがつくった有機物は上層から沈んでくるものの、その量は深くなるほど少なくなる。そんな世界で、海底から湧き出すメタンを利用し、まるで別の食料生産システムを体内に持つように暮らす二枚貝がいる。

シンカイヒバリガイ(*Bathymodiolus japonicus*)である。

この貝の重要な特徴は、単に「細菌を食べる」ことではない。生きた細菌を自分の細胞の内部に抱え、その細菌がメタンから得たエネルギーを利用することで、深海での生活を支えている。しかも研究が進むにつれ、この関係は一方的な依存ではなく、宿主が細菌を取り込み、選び、維持し、ときには消化するという動的な共生であることが見えてきた。

エラの細胞内に「メタンを使う細菌」がいる

シンカイヒバリガイは、相模湾などのメタンが供給される深海域で見つかる二枚貝である。近縁のシンカイヒバリガイ類には熱水噴出域に生息する種類もあり、深海底から供給される硫化水素やメタンと、共生微生物との関係が生活を大きく左右している。*B. japonicus*では、とくにメタン酸化細菌との共生が重要である。

共生細菌が多く存在するのはエラである。

エラには「バクテリオサイト」と呼ばれる共生細菌を収容する上皮細胞があり、その内部に多数の細菌が保持されている。普通の動物にとって、細胞内に入り込んだ細菌は排除すべき異物になり得る。しかしシンカイヒバリガイでは、特定の細菌がそこで生き続けられる。

細菌が利用するのは、海底から供給されるメタンである。メタン酸化細菌はメタンを酸化してエネルギーを得るとともに、炭素を自らの細胞物質へ取り込むことができる。

つまり、シンカイヒバリガイから見れば、海底から出てくるメタンという、そのままでは動物が食物として利用できない物質を、共生細菌が利用可能な有機物へ変換してくれることになる。

太陽光から始まる通常の食物連鎖とは異なる、深海ならではのエネルギー利用である。

共生細菌は親から受け継ぐとは限らない

ここで不思議なのは、シンカイヒバリガイが最初から共生細菌を持って生まれるわけではないことである。

少なくとも研究されている*B. japonicus*では、共生細菌は親から子へ直接受け渡される垂直伝播ではなく、それぞれの世代が周囲の環境から獲得する水平伝播だと考えられている。

では、海中に無数に存在する微生物の中から、どうやって必要な細菌だけを選ぶのだろうか。

かつては、エラの細胞が共生相手だけを識別して取り込んでいる可能性も考えられた。しかし実験から見えてきた仕組みは、それほど単純ではなかった。

*B. japonicus*のエラにさまざまな外来細菌を与えた研究では、エラの細胞は共生細菌以外の細菌も取り込んだ。つまり、入口の段階で完全に相手を選別しているわけではない。

重要なのは、その後だった。

取り込まれた多くの細菌は細胞内で消化される一方、本来の共生細菌の多くはバクテリオサイト内に残った。研究結果からは、「取り込む相手を厳密に選ぶ」というより、「取り込んだ後で残す相手を選ぶ」仕組みが、共生成立の重要な部分を占めると考えられている。

細菌を生かすか、消化するか

細胞に取り込まれた微生物は、「ファゴソーム」と呼ばれる膜に包まれた空間に入る。通常なら、その後に消化系と結びついて分解されても不思議ではない。

それなのに共生細菌は、なぜ消化されずに残ることができるのか。

この問題を調べた研究から、mTORC1と呼ばれるタンパク質複合体が関わっていることが示された。mTORC1は多くの真核生物で細胞内の栄養状態などに応じて細胞活動を調節する仕組みに関わるが、*B. japonicus*では共生細菌を取り囲む細胞内構造の制御にも関係している。

特に興味深いのが、メタンを与えない条件で行われた飼育実験である。

メタンが不足すると、共生細菌が宿主へ十分な栄養を供給できなくなる。その状態では、細胞内の共生細菌が次第に消化されていくことが確認された。一方、mTORC1の働きを阻害すると、細菌の消化が抑えられた。

この結果は、シンカイヒバリガイが共生細菌を無条件に保護しているわけではないことを示している。

細菌が機能しているときには細胞内に維持し、栄養供給が低下した状態では消化へ向かわせる。少なくとも実験条件下では、宿主側が共生関係を調節する仕組みを持つことが示されている。

シンカイヒバリガイは細菌を「食べて」いるのか

共生細菌から宿主へ栄養が移る方法についても、かつては細菌そのものを消化することが主要な経路だと考える見方があった。

しかし現在では、それだけでは説明できない。

安定同位体を利用した研究や飼育実験から、正常に共生している状態では、細菌がつくった有機物が宿主へ受け渡されていることを支持する結果が得られている。一方、メタンがなくなって共生細菌が十分に活動できない状態では、細菌そのものが消化される。

したがって、「細菌を飼って、最後に食べる」という単純な関係ではない。

活動している共生細菌から栄養を受け取りながら生かしておく仕組みと、状況によっては共生細菌を分解して利用する仕組みの両方が存在すると考えるほうが、現在の観察結果に合っている。

ただし、共生細菌から宿主へ渡される物質の種類や、それぞれの栄養移送経路が自然環境下でどの程度重要なのかについては、まだ完全には解明されていない。

なぜこんな共生が深海で重要なのか

深海底の多くは、海面付近で生産された有機物が沈んでくることに依存している。

ところがメタン湧出域や熱水噴出域では、海底内部から別の化学エネルギーが供給される。微生物がそのエネルギーを生命活動へ取り込み、それを大型動物が利用できれば、太陽光のない海底でも高い生物量を支えることが可能になる。

シンカイヒバリガイの共生は、その接続部分に位置している。

海底から出るメタンという地質学的な物質を細菌が利用し、その細菌がつくった有機物を貝が利用する。さらにシンカイヒバリガイ自身が他の生物に食べられたり、その排出物や死骸が利用されたりすれば、化学エネルギーはより広い生態系へ流れていく。

この意味で、シンカイヒバリガイは単なる「深海に住む貝」ではない。地球内部から供給される化学物質と、動物を含む生態系を結ぶ存在の一つなのである。

それでも「どうやって相手を見分けるのか」は完全には分からない

研究によって、共生の輪郭はかなり具体的になった。

シンカイヒバリガイは環境中から細菌を取り込み、本来の共生細菌を細胞内に残す。共生細菌はメタンを利用して活動し、宿主へ栄養を供給する。そして宿主側には、細菌を維持するか消化するかを調節する仕組みがある。

しかし、すべてが分かったわけではない。

なぜ共生相手だけが最終的に残りやすいのか。宿主は細菌が生み出すどの化学物質を手掛かりとしているのか。幼い個体が自然環境でいつ共生細菌を獲得するのか。異なる生息地では同じ仕組みがどこまで通用するのか。共生細菌側には、宿主の消化を回避するための仕組みがあるのか。

これらには、なお研究すべき部分が残されている。

深海の共生は、「仲良く助け合う」という言葉だけでは捉えきれない。細胞は微生物を取り込み、評価し、残し、場合によっては消化する。その緊張関係の上に、長期的な共生が成立している。

光のない海底でシンカイヒバリガイを支えているのは、一匹の動物だけではない。

そのエラの細胞内には、メタンという地球内部由来の資源を生命の材料へ変換する微生物がいる。そして貝の側にも、その小さな同居者との関係を維持する仕組みがある。

深海で一つの生物を見ることは、ときに、その体の中に隠されたもう一つの生態系を見ることでもある。