海には「巨大なイカ」が二ついる。
一つは、細長い腕と触腕を伸ばし、全長の長さで人を驚かせるダイオウイカ。もう一つは、それほど長く見えなくても、太く重い体と鋭いフックを備えたダイオウホウズキイカだ。
名前も姿も似ているため混同されやすいが、両者は単なる「大きいイカの別名」ではない。ダイオウホウズキイカは *Mesonychoteuthis hamiltoni*、ダイオウイカは *Architeuthis dux* という別の系統に属するイカである。ニュージーランド国立博物館テ・パパは、ダイオウホウズキイカをダイオウイカよりやや短い一方、体が太く重いイカとして紹介している。
そして奇妙なことに、これほど巨大な動物でありながら、私たちはその暮らしをまだほとんど直接見ていない。
「長いダイオウイカ」と「重いダイオウホウズキイカ」
巨大さを全長だけで比べると、ダイオウイカのほうが目立つ。長い2本の触腕が伸びるため、体全体が非常に細長く見えるからだ。
対してダイオウホウズキイカは、よりずんぐりした体を持つ。テ・パパが所蔵する大型個体では、解凍後に測定された全長は4.2メートル、体重は495キログラムだった。標本の保存状態によって体の長さが変化するため、これをそのまま種の最大値とみなすことはできないが、少なくとも非常に重いイカであることは確かである。
同じ博物館の比較では、ダイオウイカの体重は最大でおよそ275キログラムとされており、確認された大型標本ではダイオウホウズキイカのほうがはるかに重量級である。
ただし、「ダイオウホウズキイカの最大体重は495キログラム」と断定するのも正確ではない。
マッコウクジラの胃からは、495キログラムの標本よりさらに大きな嘴が見つかっている。イカの柔らかな体は死後や保存中に縮むが、硬い嘴は比較的残りやすい。そのため、実際には既知の大型標本を上回る個体が存在すると考えられている。ただし、嘴だけから生きていたときの正確な体重や全長を復元するには不確実性がある。
つまり、ダイオウイカが「長さの巨人」なら、ダイオウホウズキイカは「重量の巨人」と考えると違いをつかみやすい。
最大の違いは、触腕についた「回転するフック」
両者を見分けるうえで、体格以上に印象的なのが獲物を捕らえる部分である。
イカには8本の腕とは別に、獲物を捕まえるための長い2本の触腕がある。ダイオウホウズキイカでは、その先端の膨らんだ部分に吸盤だけでなく、鋭いフックが並んでいる。
しかも触腕には、基部を軸にして動く特殊なフックがある。テ・パパの標本では、触腕の先端に2列の大型フックと小さな吸盤が確認されている。
ダイオウイカにも獲物をつかむ強力な吸盤があるが、ダイオウホウズキイカのような回転式のフックを備えているわけではない。
この構造から、ダイオウホウズキイカが大型の魚などを捕らえ、逃げないよう固定する能力を持つことは強く示唆される。ただし、成体が自然環境で実際に獲物へ襲いかかる一連の行動は、まだ十分に観察されていない。
巨大なフックを見れば、激しく獲物を追跡する捕食者を想像したくなる。しかし、形態から想像できる狩り方と、実際に深海で行われている狩り方は区別する必要がある。
南極を取り巻く冷たい海の巨大イカ
ダイオウホウズキイカは、主として南極を取り巻く南大洋に分布する。
研究レビューでは、南極大陸周辺から亜南極前線付近までの南大洋に環状に分布すると考えられている。小さな幼体は表層から水深500メートル程度まででも見つかる一方、成長に伴ってより深い場所へ移り、後期の幼体から大型個体では水深2000メートル付近まで利用すると推定されている。
ここにも重要な点がある。
「ダイオウホウズキイカは水深2000メートルに住む」と単純に決められるわけではない。成長段階によって生活する深さが変わる可能性が高く、海中を上下に移動している可能性もある。
深海生物の生息水深は、一匹の標本が採れた場所だけでは分からない。どの年齢の個体が、昼夜のどの時間に、どの深さを利用しているのかを積み重ねて初めて、その動物の「生活圏」が見えてくる。
何を食べているのかは、本人より周囲の動物が教えてくれる
ダイオウホウズキイカの研究には独特の難しさがある。
人間が生きた成体を追跡できないため、食性や分布の一部は、捕獲個体だけでなく、ほかの動物の胃内容物や漁業で得られた記録から逆算されている。
これまでの研究では、魚類やほかのイカ類などを食べると考えられている。南大洋の生態系では比較的高い栄養段階に位置すると推定される一方、ダイオウホウズキイカ自身もマッコウクジラをはじめ、魚類、海鳥、海生哺乳類など複数の捕食者に食べられていることが分かっている。
深海の巨大生物というと「敵のいない頂点捕食者」を想像しがちだが、ダイオウホウズキイカも食物網の中にいる。
巨大なイカがマッコウクジラに食べられ、その胃に硬い嘴だけが残る。その嘴を研究者が調べることで、海中で一度も目撃されなかったイカの存在や大きさが分かる。
ダイオウホウズキイカの生態は、こうした間接的な証拠によって少しずつ組み立てられてきた。
あの巨大な目は、何を見るためのものなのか
ダイオウホウズキイカには、もう一つ桁外れに目立つ器官がある。
目である。
大型標本では眼球の直径がおよそ27〜28センチメートルと測定されている。巨大なイカの目がなぜここまで大きくなったのかについては、暗い海で単純に獲物を見るためだけでは説明しにくいという研究もある。
有力な仮説の一つは、遠くから接近するマッコウクジラを察知するためだというものだ。
深海では、大きな動物が泳ぐことで水中の発光生物が刺激され、かすかな光が生じることがある。巨大な瞳孔は、そのような弱い光の変化を遠方から捉えるうえで有利ではないかと考えられている。
しかし、これは実際のダイオウホウズキイカがマッコウクジラを見つけて逃げる場面を観察して確認したものではない。眼球の構造や光学モデル、生態的関係から導かれた仮説である。
巨大な目が何を、どの距離で、どのように見ているのかは、今も研究対象だ。
「獰猛な高速ハンター」とは限らない
鋭い嘴、巨大な目、回転するフック。
外見だけを見ると、猛烈な速度で魚を追い回す深海のハンターを想像したくなる。
ところが、現在の研究では必ずしもそう考えられていない。
体の構造や生態に関する研究からは、ダイオウホウズキイカは長時間高速で追跡する捕食者ではなく、獲物が近づいたところを襲う待ち伏せ型の捕食者ではないかという仮説が示されている。
もしそうなら、巨大な体とフックの意味も違って見える。
高速で何百メートルも追い続けるためではなく、遭遇した獲物を短時間で確実につかみ、逃さないための装備なのかもしれない。
ただし、ここでも「待ち伏せ型である」と確定したわけではない。大型成体の捕食行動そのものを観察するデータが足りないからだ。
2025年、ようやく生きた姿が深海で撮影された
ダイオウホウズキイカの研究史を象徴する出来事が2025年に起きた。
南大西洋のサウスサンドウィッチ諸島付近で、遠隔操作無人探査機が水深約600メートルを航行中、全長約30センチメートルの幼いダイオウホウズキイカを撮影した。専門家による確認を経て、自然環境にいる本種を確実に映像で記録した最初の例として発表された。
ただし、映っていたのは巨大な成体ではない。
幼体は半透明で、一般に想像される暗赤色の巨大イカとはかなり異なる姿をしていた。ここから成長するにつれて体色、生活する深さ、食べ物、行動がどのように変化していくのかは、まだ十分に分かっていない。
それでも、この映像には大きな意味がある。
それまで人間が知っていたダイオウホウズキイカの多くは、漁業で偶然捕獲された個体、捕食者の胃に残った嘴、死んだ標本から得られた情報だった。そこへ初めて、「自分の海を泳いでいる個体」という証拠が加わったのである。
ダイオウイカとの違い以上に、分からないことが多い
ダイオウホウズキイカとダイオウイカの違いは、標本を比較すればかなり明確だ。
ダイオウホウズキイカはより太く重い。南大洋を中心に暮らし、触腕には特徴的なフックを持つ。ダイオウイカはより細長く、長い触腕によって全長が大きくなる。
しかし、本当に興味深いのはその先である。
成体は普段どの深さにいるのか。
どれほど移動するのか。
獲物を待つのか、追うのか。
巨大な目は何を見ているのか。
どのくらいの速さで成長するのか。
どこで繁殖し、どのように相手を見つけるのか。
そして、最大でどこまで巨大になるのか。
標本から体の構造は分かっても、「巨大な体を持つ動物が暗い南極海でどう生きているのか」という核心部分には、まだ大きな空白が残っている。
ダイオウホウズキイカの神秘は、怪物のような姿そのものにあるのではない。
数百キログラムにもなる動物が現代の海に実在しながら、その日常を人間がほとんど見たことがないことにある。
深海では、大きいから見つけやすいとは限らない。むしろダイオウホウズキイカは、巨大な生物でさえ私たちの観察から長いあいだ隠れ続けられるほど、海が広く深いことを示している。