深海生物図鑑

冷湧水域ではどんな共生が見られるのか

深海の海底を進んでいると、泥ばかりだった景色の中に、突然、二枚貝が密集した場所や、白い細菌のマット、細長いハオリムシ類の群落が現れることがある。その地下からは、メタンや硫化水素などを含む流体がゆっくりとしみ出している。こうした場所が「冷湧水域(cold seep)」である。

太陽光の届かない深海で、なぜこれほど多くの生物が集まれるのか。その鍵を握るのが、微生物と動物、そして微生物同士の「共生」だ。

冷湧水域は「冷たい泉」ではない

冷湧水域では、海底下からメタンなどの炭化水素を含む流体や、硫化水素に富む流体が海底へ染み出している。「冷」という名は、数百度に達することもある熱水噴出孔と区別するためのもので、必ずしも周囲より著しく低温という意味ではない。熱水噴出孔が地下の熱によって強く加熱された流体を放出するのに対し、冷湧水では比較的低温の流体がゆっくり供給される。

ここで重要なのは温度よりも、地下から運ばれてくる化学物質である。

海の表層では、植物プランクトンなどが太陽光を利用して有機物をつくる。ところが深海底には、光合成に使える太陽光がほとんどない。それでも冷湧水域では、メタンや硫化水素などから得られる化学エネルギーを利用する微生物が有機物をつくることができる。こうした化学合成を基盤として、周囲の一般的な深海底とは異なる生物群集が成立する。

最初の共生は、目に見えない微生物の間にある

冷湧水域の共生を考えるとき、貝やハオリムシだけを見ると重要な部分を見落としてしまう。海底の泥の内部では、微生物同士の協力によってメタンが消費されている。

酸素の乏しい海底堆積物では、「嫌気的メタン酸化」と呼ばれる反応が起きる。代表的な系では、嫌気的メタン酸化に関わる古細菌と硫酸還元細菌が密接に関係し、海水中に豊富な硫酸イオンとメタンを利用して代謝を進める。こうした微生物集団は、単なる同居というより、互いの代謝が結びついた「共栄的な関係」として研究されてきた。

この過程では硫化物や炭酸水素イオンなどが生じる。つまり、地下から上がってきたメタンがそのまま大型動物に利用されるだけではない。まず微生物による物質変換があり、それによって別の微生物や動物が利用できる環境がつくられていく。

ただし、嫌気的メタン酸化に関わる微生物間で、物質や電子がどのように受け渡されているのかについては、すべての仕組みが一つの方式で説明できるわけではない。冷湧水域ごとに微生物群集や化学条件も異なり、現在も研究が続いている。

シロウリガイ類は体内に「化学合成工場」を持つ

冷湧水域を代表する動物の一つが、シロウリガイ類などの化学合成共生二枚貝である。

これらの貝の一部では、えらの組織に硫黄酸化細菌が共生している。共生細菌は硫化物を酸化してエネルギーを得、そのエネルギーを使って無機炭素から有機物をつくる。宿主である貝は、この細菌がつくる有機物を栄養源として利用する。

つまり貝は、自分だけで硫化水素を「食べている」のではない。宿主が共生細菌に必要な物質を届け、細菌が化学エネルギーを生物が利用できる形へ変換するという分業が成立している。JAMSTECでも、冷湧水域のシロウリガイ類とその共生細菌の機能や環境応答について研究が行われてきた。

この仕組みがあることで、海面から沈んでくる有機物だけに依存する場合とは異なるエネルギー経路を利用できる。

シンカイヒバリガイ類はメタンまで利用する

冷湧水域の二枚貝には、別の共生方式もある。

シンカイヒバリガイ類として知られる深海性イガイ類の中には、えらにメタン酸化細菌を共生させるものがいる。共生細菌がメタンを酸化して得たエネルギーを利用して有機物を合成し、それが宿主の栄養を支える。

相模湾の冷湧水域から採集されたシンカイヒバリガイ類の一種 *Bathymodiolus platifrons* では、メタンを利用する共生が確認されている。

さらに興味深いのは、「一匹の貝に一種類の共生細菌」という単純な関係に限らないことである。シンカイヒバリガイ類の中には、メタン酸化細菌と硫黄酸化細菌の両方を共生させる例も知られている。利用できるメタンや還元型硫黄化合物の量が変動する環境では、複数のエネルギー源を使えることが有利になる可能性がある。

ただし、どの種でも同じ組み合わせを持つわけではない。共生微生物の種類や割合は、宿主の系統や生息場所の化学環境によって異なる。

ハオリムシ類は「口の代わり」に共生細菌へ頼る

冷湧水域には、海底から細長い管を伸ばすハオリムシ類が群生することもある。

一部のシボグリヌム科ハオリムシでは、成体になると通常の消化管に頼らず、体内の特殊な組織に硫黄酸化細菌を共生させて栄養を得る。宿主は周囲から酸素、無機炭素、硫化物などを取り込み、共生細菌へ供給する。細菌はそれらを利用して有機物を合成する。冷湧水に生息するハオリムシ類についても、成体の栄養が硫黄酸化共生細菌に強く依存することが確認されている。

ここでも宿主と細菌は役割を分担している。細菌は化学エネルギーを食物へ変換し、動物は細菌が必要とする物質を異なる環境から集めて運ぶ。

深海底では、硫化物、酸素、メタンなどが同じ場所に十分存在するとは限らない。そのため、動物の体そのものが、異なる場所にある物質をつなぐ「輸送装置」として働いているとも考えられる。

共生生物だけで生態系が完結しているわけではない

冷湧水域の映像を見ると、化学合成だけで独立した世界が成立しているように見える。しかし実際の生態系はもっと複雑だ。

海底表面には硫黄酸化細菌などの微生物マットが形成され、それを直接または間接的に利用する小型動物がいる。共生二枚貝やハオリムシの周囲には、甲殻類、多毛類、魚類なども集まり、捕食、腐肉食、懸濁物食などさまざまな方法でエネルギーを得る。化学合成微生物は冷湧水域の重要な一次生産者だが、そこに暮らすすべての動物が共生細菌だけを栄養源としているわけではない。

相模湾の冷湧水生態系を対象とした近年の研究でも、この複雑さが示されている。JAMSTECが報告した同位体分析では、調べられた生物の中に冷湧水由来のエネルギーに強く依存するものがいる一方、半数以上では海面付近の光合成生態系から沈んでくる有機物も利用していることが示された。これは一つの調査地域で得られた結果であり、すべての冷湧水域に同じ割合を当てはめることはできないが、「化学合成生態系」と「表層由来の食物網」が完全に分離しているわけではないことを示す重要な例である。

観察できるものと、まだ推定に頼るもの

潜水調査船や無人探査機を使えば、貝類の分布、細菌マット、ハオリムシ群落、メタンの気泡などを直接観察できる。試料を採取すれば、共生細菌の遺伝子、組織内での位置、化学反応、炭素や窒素などの同位体組成も調べられる。こうした方法によって、「どの動物がどの微生物と共生しているか」「どの化学物質を利用している可能性が高いか」はかなり詳しく分かるようになってきた。

一方で、自然の海底で共生関係が何十年、何百年という時間の中でどう変化するのかを連続して観察することは難しい。湧出量が変わったときに共生微生物の構成がどう変化するのか、幼生がいつ、どこで共生細菌を獲得するのか、異なる冷湧水域の生物群集がどの程度つながっているのかなど、種や地域によって未解明の問題が残されている。

さらに、海底下には直接観察しにくい巨大な微生物圏が広がっている。目に見える貝やハオリムシは、冷湧水生態系のほんの一部にすぎない。

冷湧水域は「共生によって化学を生命へ変える場所」

冷湧水域で起きていることをたどると、地下からしみ出すメタンや硫化物が、そのまま大型生物の食物になっているわけではないことが分かる。

メタンを変換する古細菌と細菌、硫化物を酸化する微生物、そしてそれらを体内に共生させる二枚貝やハオリムシ類。複数の生物の代謝がつながることで、光のない海底に新たなエネルギー経路が生まれている。

冷湧水域の豊かな群集は、一種類の生物の特殊能力によって成立しているのではない。異なる生物が、それぞれ単独では利用しにくい物質や環境を結びつけることで成立している。

深海の暗闇で目立つのは白い貝殻や長い管だが、その生態系を動かしている中心には、肉眼では見えない微生物との関係がある。冷湧水域は、共生という仕組みが地球上の生命にどれほど大きな可能性を与えているかを示す場所なのである。