深海生物図鑑

オニキンメは暗闇でなぜ黒く見えるのか

暗い海で、さらに「黒くなる」ということ

深海を泳ぐオニキンメを写真で見ると、巨大な牙とともに目を引くのが、光を吸い込むような暗い体色だ。成魚は暗褐色から黒色をしており、照明の当たり方によっては体の輪郭さえ背景へ溶け込んで見える。

一見すると不思議な話でもある。太陽光がほとんど届かない場所なら、そもそも黒くなる必要などないのではないか。

しかし深海は、完全に「光の存在しない世界」ではない。水深が深くなるにつれて太陽光は急速に弱くなる一方、多くの深海生物が生物発光を行う。捕食者が獲物を照らしたり、獲物となる生物自身が光ったりするため、暗闇の中でも体表から反射するわずかな光が存在を知らせる可能性がある。

オニキンメの黒さを考えるときに重要なのは、単に「黒い色素を持つ魚」と見るのではなく、**どれほど光を反射しない表面なのか**という視点である。

オニキンメはどれほど黒いのか

一般にオニキンメと呼ばれる *Anoplogaster cornuta* は、世界の温帯から熱帯の海に分布する深海魚で、成魚は主に深い水域で生活する。報告されている生息範囲は非常に広く、数千メートルの深さから採集された例もある。成魚の体色は暗褐色から黒色である。

この魚の黒さを理解するうえで重要な研究が、2020年に発表された深海魚の「ウルトラブラック」に関する研究である。

研究チームはメキシコ湾と米国カリフォルニア州モントレー湾で採集した黒い深海魚18種、計39個体について、体表からどれだけ光が反射するかを測定した。その結果、16種では波長480ナノメートルの光に対する反射率が0.5%未満だった。研究では、この非常に低い反射率を示す体表を「ultra-black(ウルトラブラック)」として扱っている。

オニキンメも、この研究で測定された魚の一つだった。つまり、写真を見て「黒そうだ」と判断しただけではなく、実際に光の反射を測る研究の対象になっている。

ただし、「0.5%未満」という数字を自然界の絶対的な境界と考える必要はない。これは研究上、極端に低い反射率を持つ魚を区別するために用いられた基準である。

重要なのは、普通の意味で黒く見えること以上に、**入ってきた光の大部分を体表で吸収し、外へ返しにくい**という性質である。

黒さを作っているのはメラニンだけではない

黒い動物の体色には、メラニンという色素が深く関係している。ところが、メラニンを多く持っていれば、それだけで極端に反射しない表面ができるわけではない。

ウルトラブラックの深海魚で注目されたのは、メラニンを含む細胞小器官「メラノソーム」の配置だった。

研究では電子顕微鏡などを用いて皮膚を調べたところ、極端に反射率の低い魚では、皮膚の表面近くにメラノソームが密集した層が形成されていた。一般的な暗色の魚では色素を持つ部分の間に色素の少ない隙間が存在することがあるが、調べられたウルトラブラックの魚では、メラノソームの層がほぼ連続していた。

さらに重要なのが、メラノソームの大きさや形である。

研究者たちが光学モデルを使って検討したところ、特定の大きさと細長さを持ったメラノソームが密集すると、入ってきた光がそのまま外へ反射されにくくなることが示された。光の一部はメラノソームによって吸収され、残った光も層の内部で横方向などへ散乱し、別のメラノソームにぶつかる。その結果、光が色素の層を通る距離が長くなり、外へ逃げる前に吸収されやすくなると考えられている。

これは、表面に単純に「黒い塗料」を塗った状態とは少し違う。

**色素そのものと、その色素を含む微細構造の配置が組み合わさって、非常に低い反射率を生み出している**のである。

オニキンメの皮膚も研究の組織観察に用いられているが、すべての微細構造やその機能がオニキンメだけについて詳細に解明されているわけではない。深海魚全体で得られた知見と、オニキンメそのものについて確認された事実は区別して考える必要がある。

真っ暗なのに、なぜ姿を隠す必要があるのか

深海魚の黒い皮膚について最も有力な説明の一つが、カモフラージュである。

深い海では太陽光は非常に弱くなる。しかし、生物発光による光は存在する。

例えば、発光器を持つ捕食者が周囲を照らした場合、そこに魚がいれば光が体表で反射する。背景となる海水そのものは暗いため、わずかな反射でも「そこに何かいる」という手掛かりになる可能性がある。

逆にオニキンメのような捕食魚にとっては、自分の姿が獲物に見つかることも不利になる。

2020年の研究では、深海魚の反射率が非常に低くなることで、視覚を使う捕食者から発見される距離を大きく縮められる可能性が光学モデルによって示された。研究者たちは、生物発光によって照らされたときの反射を減らすことが、ウルトラブラックな皮膚の進化に関係したのではないかと考えている。

ここで注意したいのは、これは進化上の機能についての強い仮説ではあるものの、「オニキンメが黒くなった理由を直接観察した」という意味ではないことである。

進化の過程そのものを見ることはできない。現在の体表の構造、反射率、生息環境、他の深海魚との比較などから、どのような選択圧が働いたのかを推定している。

黒は「深海で目立たない色」の一つにすぎない

深海生物が姿を隠す方法は、黒くなることだけではない。

比較的明るい海では透明な体や銀色に反射する体が有効な場合がある。ところが、遠くから広く降り注ぐ太陽光ではなく、近くの発光生物から局所的に照らされた場合、透明な体や鏡のような表面でも光を返してしまうことがある。

そのような環境では、光を反射するのではなく吸収することが有利になる可能性がある。実際、ウルトラブラックな体表は系統的に離れた複数の深海魚で確認されており、研究者たちは極端に低い反射率が異なる系統で独立に進化した可能性を指摘している。

つまりオニキンメの黒い皮膚は、「深海魚だから何となく黒くなった」と考えるよりも、光が極端に少ない世界でなお残されている視覚情報を消す仕組みとして見ると、その意味が見えてくる。

写真の黒さと、深海での黒さは同じではない

もう一つ注意したいのが、私たちが写真で見るオニキンメと、実際の深海で見えるオニキンメは同じ条件に置かれていないということだ。

採集された個体を船上や研究室で撮影する場合には、強い照明が当てられる。水中探査機で撮影するときにも人工照明が必要になる。

そのため写真では、暗褐色の皮膚、鱗や皮膚の凹凸、巨大な歯、目、ひれなどがはっきり見える。

しかし本来の深海では、利用できる光そのものが桁違いに少ない。しかも光源が生物発光であれば、短時間だけ、限られた方向から照らされることもある。

ウルトラブラックの意味は「明るい照明を当てても完全に見えない」ということではない。

**ほんのわずかな光しか存在しない状況で、相手の眼に戻る光をさらに減らすこと**にある。

私たちの目には十分黒く見える二つの表面でも、微弱な光を頼りに獲物や捕食者を探している深海生物にとっては、その反射率の差が意味を持つ可能性がある。

まだ分からないことも多い

オニキンメの黒い皮膚について、「非常に低い反射率を持つこと」「同種がウルトラブラック深海魚の研究対象となっていること」「深海魚ではメラノソームの密集した構造が低反射に関係すること」までは、観察や測定によってかなり具体的に調べられている。

一方で、その性質が野生のオニキンメの生存率や捕食成功率を実際にどれほど変えているのかを、自然環境で直接測定することは容易ではない。

幼魚から成魚へ成長するときに黒い皮膚の微細構造がどのように形成されるのか、地域や個体によって反射率にどの程度違いがあるのか、オニキンメを捕食する動物やオニキンメ自身の視覚がこの黒さとどのように関係しているのかなど、詳しく分かっていない点も残されている。

深海では、生物を捕獲すること自体が難しく、生きた状態で本来の光環境を再現しながら行動まで調べられる機会は限られている。

だからこそ、オニキンメの黒さは単なる体色ではなく、深海という環境を読み解く手掛かりになる。

光がほとんど消えた世界で、生物は「光を見る能力」だけを進化させてきたわけではない。

見つける側がわずかな光を利用するなら、見つからない側はその光さえ返さない。

オニキンメの黒い皮膚は、暗闇の中にもなお存在する「見るもの」と「見られるもの」の攻防を、その体表に刻んでいるのである。