深海で青白い光を放つ魚を見たとき、その光を魚自身が作っているとは限らない。体の中に設けられた小さな「発光器」で細菌を育て、その光を利用している生物がいる。
宿主は細菌に住み場所や栄養を与え、細菌は光を提供する。暗闇の中で結ばれたこの関係は、深海生物の発光を理解するうえで重要な仕組みの一つだ。
ただし、深海の光がすべて細菌によるものではない。自ら化学反応を起こして光る生物も多く、発光細菌との共生は、海の生物発光という巨大な世界の一部である。
発光細菌はなぜ光るのか
発光細菌とは、代謝に伴う化学反応によって光を生み出す細菌の総称である。海洋では、Photobacterium属やAliivibrio属などに発光する種類が知られている。
細菌の発光では、細菌ルシフェラーゼと呼ばれる酵素が中心的な役割を果たす。還元型フラビン、長鎖アルデヒド、酸素などが関わる反応によって、主に青緑色の光が生じる。燃焼のように高温になるわけではなく、化学エネルギーの一部が光として放出される生物発光である。
ここで重要なのは、細菌が「魚を助けよう」と考えて光っているわけではないことだ。
発光能力は細菌自身の遺伝子と生理機構によって生じる。その性質を利用できる環境を作った動物と細菌が長い進化の過程で結びつき、共生関係が成立したと考えるほうが適切である。
一匹の魚の中に「細菌のランプ」がある
発光細菌と共生する魚では、細菌が体中に無秩序に散らばっているわけではない。多くの場合、発光器と呼ばれる特殊な組織の内部に高密度で存在する。
そこでは宿主側が細菌に適した環境を提供する。細菌にとっては、海水中を漂うよりも安定した栄養源と生息場所を得られる可能性がある。一方、宿主は細菌が作る光を利用できる。
魚類と発光細菌の共生は一つの系統だけで起きた現象ではなく、異なる魚類の系統で繰り返し成立してきたことが知られている。発光器に住む細菌としてはPhotobacteriumの仲間などが確認されている。
つまり、動物が自分で「ランプの燃料」を作るのではなく、光を作れる微生物を飼うという進化上の解決策が、海の中で何度も現れたことになる。
細菌は光り続けても、魚は光を調節できる
発光細菌による光には一つ問題がある。
細菌の発光は、動物自身の発光器官のように神経の指令だけで瞬時に点灯・消灯できるとは限らない。そこで一部の魚は、発光器を覆ったり露出させたりする組織を使って、外へ出る光を調節する。
カメラのシャッターを開閉するように、光源そのものを消すのではなく「見せるか隠すか」を変える仕組みである。発光器への物質供給などが発光量に影響する場合もあると考えられている。
この違いは、「発光する生物」と「発光する細菌を利用する生物」を区別するときに重要だ。
魚の姿だけを見ても、その光を作っている主体が魚自身なのか、体内の細菌なのかは分からないことがある。
暗闇で光は何に使われるのか
深海では太陽光がほとんど、あるいはまったく届かない。それでも光は無意味にはならない。むしろ背景が暗いため、小さな光源でも周囲の動物に認識される可能性がある。
発光の用途としては、餌を誘引する、仲間との通信に使う、周囲を照らす、捕食者から身を守る、体の輪郭を目立ちにくくするといった機能が、さまざまな海洋生物で知られている。もっとも、ある生物が光るからといって、その機能を一つに決めつけることはできない。種や生息環境によって用途は異なり、複数の機能を兼ねている可能性もある。
深海性アンコウ類の一部は、とくに印象的な例である。
雌の頭部から伸びる誘引突起の先端には発光部があり、その内部に共生する細菌が光を作る種類が知られている。暗い深海で光る突起が餌生物を引き寄せるという説明は有力だが、深海での行動を長時間直接観察することは難しい。そのため、光が自然環境でどの程度、捕食や繁殖などの行動に使われているのかについては、なお検討すべき部分が残っている。
細菌は親から子へ受け継がれるのか
共生と聞くと、発光細菌が卵の中に入り、親から子へそのまま受け継がれるように思えるかもしれない。
しかし、その方式だけではない。
多くの発光共生では、幼い宿主が周囲の海水から適切な細菌を取り込む「水平伝播」が知られている。宿主は海中にいる無数の微生物の中から、発光器で増殖できる細菌を選択的に受け入れることになる。
この仕組みを詳細に研究する代表的なモデルが、ハワイに生息するミミイカの一種と発光細菌Aliivibrio fischeriの共生である。このイカは典型的な深海生物ではないが、動物が環境中から特定の発光細菌を獲得し、発光器内で共生関係を成立させる過程を調べる重要な研究対象となっている。
発光細菌は単に入り込むだけではない。宿主側の組織と細菌側の性質の双方が関わり、特定の組み合わせが維持される。
「魚の体内ならどんな発光細菌でもよい」という単純な関係ではないのである。
深海アンコウが投げかけた奇妙な問題
ところが深海性アンコウ類を調べると、さらに興味深い事情が見えてきた。
発光器に住む一部の共生細菌では、近縁の自由生活性細菌と比べてゲノムが大幅に縮小し、多くの代謝能力が失われていることが報告されている。宿主が提供する環境への依存が進んだ結果と考えられる特徴である。
ここだけを見ると、「細菌は宿主の外では暮らせず、親から子へ直接受け渡されるのではないか」と予想したくなる。
ところが、深海性アンコウ類の生活史と細菌の遺伝情報を調べた研究では、少なくとも調べられた系統について、発光細菌が環境から獲得されている可能性を支持する結果が得られている。
これは一見すると不思議である。
宿主への依存を強め、単独生活に必要そうな遺伝子を失いつつある細菌が、どうやって宿主から宿主へ移動しているのか。
海水中にどの程度存在するのか。どの生活段階でアンコウの発光器へ入り込むのか。宿主が細菌をどのように識別しているのか。
こうした点には、まだ十分に解明されていない部分がある。
「細菌は大勢集まると光る」はどこまで正しいか
発光細菌についてよく紹介される仕組みに、クオラムセンシングがある。
細菌が周囲にシグナル物質を放出し、その濃度を手掛かりに細胞密度の上昇を感知して、発光に関係する遺伝子の働きを変化させる仕組みである。発光細菌研究の代表的なモデルでは、この制御機構が詳しく調べられてきた。
低密度の海水中では弱くしか光らず、発光器内部で高密度になると強く光るという説明は、細菌と宿主の共生を理解するうえで分かりやすい。
ただし、すべての発光細菌がまったく同じ制御方式を使うわけではない。発光の調節機構には種による違いがあるため、「発光細菌は一定数集まれば必ず一斉に点灯する」と単純化しすぎないほうがよい。
海に放たれた発光細菌は何をしているのか
発光細菌は動物の体内だけに存在するわけではない。
海水、堆積物、沈降する有機物などからも発光する細菌が見つかっている。動物の腸管や発光器から海へ放出される場合もあり、共生状態と自由生活状態の間を行き来する種類も存在する。
では、宿主の外で光ることにはどんな意味があるのだろうか。
発光する細菌が付着した粒子を動物プランクトンが見つけやすくなり、それを食べることで細菌が消化管へ運ばれるという「餌として光る」可能性を調べた実験研究がある。こうした仕組みが実際の海洋でどの程度重要なのかは一律には評価できないが、発光が細菌自身の分散や生存にも関係する可能性を示す興味深い仮説である。
つまり、発光は必ずしも宿主のためだけに存在する性質ではない。
小さな細菌と深海生物が作る一つの生命システム
発光細菌と共生する深海生物を見ると、「どちらが光っているのか」という問いそのものが曖昧になってくる。
光を生み出している化学反応の主体は細菌である。しかし、その細菌を特殊な器官に集め、栄養を与え、外へ出す光を利用しているのは宿主だ。
魚だけでも、細菌だけでも、観察される発光システムは成立しない。
そして研究が進むほど、その関係は単純な「宿主が細菌を飼い、細菌が光を渡す」という図式だけでは説明できないことが分かってきた。細菌をどこから獲得するのか、なぜ特定の細菌が選ばれるのか、宿主の外で共生菌がどう生き延びるのか、光が自然環境で具体的にどんな行動に使われているのか。深海では直接観察が難しいため、答えの出ていない問題がまだ多い。
真っ暗な海で見える一点の光は、一匹の生物だけが作ったものとは限らない。
その小さな光の中には、動物と微生物が互いの能力を組み合わせながら生きてきた、長い進化の歴史が隠されている。